僕たちの適正距離(晴杏)


「あら、」
「ん?」

ある休み時間、どちらも移動教室だったのだろう。
クラスは違うが同じ高校に進んだ茂人が杏と穂香の二人に廊下で出会った。

「やっほー、茂人」
「茂人に廊下で会うなんて久しぶりよね。晴矢は一緒じゃないの?」

その場にはいないが晴矢も同じ高校に進み、茂人と晴矢は同じクラスだった。
二人は他の園の人達よりも付き合いが長い為皆には二人で1セットとして数えられている。
しかし今は茂人の隣にはあの鮮やかな髪色のかつて自分達を率いていた人物はいない。
穂香がそう言うのも当然だった。

「いくら幼なじみだからっていつも隣にいる訳じゃないって」
「あら、私の知る限りあなた達いつも一緒じゃない」

茂人が苦笑いでそう返すが穂香はしれっと言い返した。
すると、

「茂人〜」
「あら、噂をすれば。」

後ろから聞き慣れた声がして茂人が振り返ると背中に乗られた。
やっぱり一緒じゃない、という穂香の声は聞こえないふりをして。

「重いよ晴矢…それで?教科書は借りれたの?」
「それが夏彦も激も持ってねーっつーから仕方なく風介のヤローに借りた。今度ダッツ奢れだとよ」
「全く…またあんた忘れ物したの?」
「ん?」

やっと杏達の存在に気づいたのか晴矢は動きを止めた。

「居たのか、お前ら」
「居たわよ、最初から」
「へー、そりゃ悪かっ……」
「?な、何?」

晴矢が急に言葉を止めて杏をじっと見つめたので杏は少しどもった。

「…杏」
「だからな――!!」

晴矢は何を思ったのか、公衆の面前で杏の腕を引っ張ると互いの額をくっつけた。

「な、な!?」
「ちょ、晴矢何して…」

杏は慌てて晴矢から離れようとするが晴矢はそれを許さなかった。

「お前熱すぎ。朝飯食ったか?」
「!」

晴矢は少し強めの口調で聞いた。

晴矢は基本ギリギリまで寝ている。
その為朝食は1人で慌てて食べる事が多い。
同じ家に住んでいても晴矢がこう聞いたのはそう言う訳だった。

「……晴矢には関係ないでしょ」

杏は晴矢から目線を反らしながら強気に言った。
しかしそれは暗に図星だと言う事を示してる。
嘘を吐く時相手から目を反らす癖はいつになっても変わらなかった。

「保健室行くぞ」
「!?…い、いいわよ大したことじゃないし!!」
「嘘吐け。38度以上あんだろーが」
「行かないってば!!」

言い出したら聞かないのは二人に通ずる事なので暫く睨みあっていたが晴矢がため息を吐いた事で諦めたのかと思い杏はホッとしたがそれもつかの間の事だった。

「暴れんなよ」
「は、何…きゃあ!!」

晴矢はグイッと杏を更に近付かせると横抱きにした。
杏はというと突然の浮遊感に驚き思わず晴矢に思い切りしがみついたがすぐに我に返り晴矢に向かって叫んだ。

「何すんのよ!!降ろして!!」
「うっせーなー、黙ってろ。茂人、悪いけどこれ風介のヤローに返して置いて」
「あ、うん」

杏の言葉を無視して晴矢はせっかく借りてきた教科書を茂人に渡した。

「ちょっと!」
「黙ってろって。…ホントは立ってるのでさえ限界なんろ。大人しく力抜いとけ」
「〜〜〜っ!!」

さすがにここまで言われると返す言葉もなかった。
実際、晴矢の言う通りだったのだ。
火照っている体を叱咤して立っているのもそろそろ限界に近かった。
晴矢のクセに生意気、そう思いながらも大人しく晴矢の腕の中で小さくなった。

「茂人、穂香、俺コイツ保健室連れてくから後よろしく」
「了解」
「はーい」

そう言って保健室の方へと周囲の注目を集めながらも晴矢は歩みを進めていった。

「…茂人は気付いた?杏の事」
「全然…」
「…ホント、私達のキャプテンは凄いわね」

勿論、特定の相手に対してだけだけどね。

当然、穂香の呟きは晴矢達には届かなかった。


「失礼しまー…って、居ねーのか」

無事保健室に着いたが生憎先生は席を外していた。
晴矢はベッドに杏を降ろすと机の上にあった体温計を渡した。

「ほら、」

杏は渋々それを受け取ると脇の間に挟んだ。
数秒後、音が鳴るのと同時に杏から体温計を奪った。

「ちょ…っ!」
「38度5分…お前よくこれで学校来れたな」
「…うるさい」
「ったく…とりあえず瞳子さんに電話して迎えにきてもらうしか…」
「居ないわよ」
「は?」

晴矢の言葉を杏が遮った。

「居ないって…なんで」
「…あんたってホント人の話聞かないわね…お姉ちゃん、今日は仕事の関係で帰ってくるの夜中だって昨日言ってたじゃない」
「……あー…」
「今思い出したでしょ」

あの事件から数年経ったとはいえ、まだまだ吉良財閥の経済状況は厳しい。
いち早く吉良財閥再興を目指して瞳子は毎日働き詰めである。
帰って来ない日なども多々あるという有り様だった。

「だからお前無理して学校来たのか」
「う゛…」

図星のようだった。
杏が風邪を引いたとなれば瞳子が看病すると言うのは目に見えていた。
唯でさえ瞳子は自分達の為に寝る間も惜しんで働いている。
そんな瞳子の邪魔だけはしたくなかった。

「はぁ…ったく、しゃーねーなー」
「?」

晴矢はガリガリと頭を掻きながらため息を吐いた。

「ちょっと待ってろ、自転車学校から借りてくる。んで、一緒に帰んぞ」
「は!?いいわよそんなの!!1人で帰れるわよ!!」
「馬鹿。1人で帰って、誰が看病すんだよ」
「…寝てれば治るわよ、このくらい」

相変わらず強情な杏に晴矢は半ば呆れたようだった。

「とにかく待ってろ。あ、それともまた姫抱っこが良かったか?」
「馬鹿!!」

あんな恥ずかしい思い、あれだけで十分だった。
からかい半分で笑う晴矢に杏は思い切りベッドにあった枕をぶん投げた。


「ちゃんと掴まってろよ」
「…わかってる」

晴矢達の高校はお日さま園からそう遠くない。
歩いて30分位だ。
本当は歩くよりも自転車の方が楽なのだが生憎皆に自転車を与えられるほどお日さま園は潤っていなかった。
自転車なんて久々だぜ、と呑気に考えながらも杏が落ちないように晴矢の腰に回している腕を掴みながら自転車をこぎ続けた。


「ほら、着いたぞ」
「ん…」

園に無事着いたのはいいが園に着いた安心感と、いい加減色々限界だったのか杏は既にうつらうつらとしていて歩くのもおぼつかなかった。

「ったく、しゃーねーなー」

晴矢は再び杏を横抱きで抱えると奥へと歩みを進めた。
そしてまさに杏達の部屋のドアを開けようとした時だった。

(…そういえば前無断で部屋に入ったらスゲー怒られたな…)

まだ高校生になったばかりの頃、園共同のサッカー雑誌がどこかへいってしまいもしかしてと思い誰も居ない杏達の部屋へ足を踏み入れた事があった。
すると何を今更と思ったが穂香に「女性の部屋に勝手に入るんじゃない!」と怒鳴られた事があった。
その時の穂香はもう二度と穂香を怒らせるような事はしないでおこうと思う位怖かった。
(因みにそのサッカー雑誌は風介が持っていた)

(どーすっかなー…でも寝かせねー訳には…かといってまた穂香に怒られるのもヤだし)

散々悩んだ挙げ句、晴矢は自分達の部屋に杏を連れていく事に決めた。

「ん…」
「お、起きたか」

晴矢が自分のベッドに寝かせると杏が薄く目を開けた。

「制服脱げ。んでお前の服わかんねーからとりあえず俺のジャージ着てろ。その間に粥でも作ってくるから」
「ん…」

晴矢はタンスから自分のジャージを引っ張り出すと杏の方へと放った。
そしてそう言い残すと部屋を後にした。

(着替えなきゃ…)

残された杏は朦朧とする頭でもそもそと着替え始めた。


「杏?着替えたか?」

数十分後、ドア越しに晴矢の声が聞こえた。

「うん…」
「…入るからな」

カチャリとドアを開ける晴矢の手には湯気がたったホカホカのお粥があった。

「晴矢…あんたのジャージ、ブカブカなんだけど」
「文句ゆーな。とりあえずほら、これ食え。んで薬飲んで早く寝ろ」
「いちいち言われなくったってわかってるわよ」

強気な口調でそう言い放ちながら晴矢からお粥を奪い取るが如何せん、熱が高いせいが手が震えて上手くスプーンが使えない。

「…お手伝いしましょーか、お嬢さん」
「いらないわよ!」

晴矢の言い方で更にイライラして上手くスプーンを運べなかった。

「う…」
「はぁ…意地張んのもいいけど病人なんだから少しは甘えろっつーの」
「あ…!」

晴矢は杏の手から半ば強引にお粥の入った器とスプーンを奪い取りスプーンでお粥を掬うと杏の方へ向けた。

「ほら、口開けろ」
「い…っ!?」

似合わない晴矢の行動のせいで杏は熱以外の理由で更に顔を赤くした。

「へ、へーきだってば!!」
「けど1人で食えねーんだろ。大人しく口開けろ」

杏は恥ずかしいやら何やらで暫くむむむ…と唸っていたが晴矢の言う事も事実なので大人しく口を開けた。

「ご馳走さまでした」

数十分、無事完食した杏は薬を飲むと一息ついた。

「ん。さすが朝食ってねーだけあってしっかり食べたな」

偉い偉い、とふざけているのかよくわからない態度で杏の頭を撫でる晴矢の手を弱々しく振り払った。

「…にしても、あんたがお粥作れるなんて意外よね」
「どーゆー意味だコラ」
「だってあんたガサツじゃない」
「………」

確かに晴矢は色んな所で大雑把だ。
そのせいでよくいつも一緒にいる茂人が被害を被っていた。
しかし看病という点では晴矢はひどくマメだった。
それは恐らく幼い頃から茂人を看病していた事が影響しているのだろう。

「とにかく、だ。飯食って薬飲んだんだから後は寝ろ。俺はこれ片付けてくるから」

バツが悪くなったのか晴矢は早口でそう言って立ち上がり部屋を出ようとした。
しかしその時晴矢の裾をクイッと引っ張るものがあった。

「―――、は?」
「……何」
「いや何って…お前が何」

言うまでもなくその手の持ち主は杏だった。

「あれ…?」

しかし杏にとってその行動は無意識だったようだ。
不思議そうに自分の手を見つめた。
晴矢はそんな杏をじっと見つめるとお粥の入っていた皿を机に置いて杏の元へと近寄った。

「…何よ」
「誰かさんが淋しそうにしてるから傍に居てやろーと思ってな」
「…うっざ」
「でも事実だろ?」
「………」
「手でも握っててやろーか、お嬢さん?」
「いらないわよそんなの…けど…あんたがどうしてもって言うなら…握ってても、いいわよ」
「へーへー。ったく、可愛くねー女」

そう言いつつも晴矢が杏の手を握ると安心したのか杏の瞼はゆっくりと下がった。
晴矢も漸く眠りについた杏に安心したのかさっきまでとはうってかわって優しい眼差しになった。

「…おやすみ、杏」

そう囁いて杏の額にゆっくりと口付けを落とすと晴矢も眠りの世界へと旅立った。

(早く元気になれよ)


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僕たちの適正距離
title by 『確かに恋だった』

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