あの瞬間まで繋がっていたのに(秋+蘭(ジャン))
*イナギャラ
鏡に映る自分はいつもの自分ではない。
髪の毛は伸び、ピンクではなくクリーム色。
視力はいいのに眼鏡をかけた自分。
恐らく髪をほどいたら限りなく『あの子』と似た風貌になる。
だけど、
「あ、霧野センパーイ!」
「!!」
後輩の声が聞こえて慌ててもとの姿へと戻った。
「…信助か」
「はい、どうしたんですか?鏡なんか見て」
「いや…なんでもないよ。それより何か用か?」
「あ、はい!実は秋さんがご飯ご馳走してくれるそうなんです!雷門の様子が聞きたいからって。…天馬は合宿中ですし。霧野先輩もどうですか?」
「俺は…」
「あ、因みに他の人達は皆来るそうです!」
そう言われたら断れるはずがない。
「…わかった。俺もお邪魔させてもらうよ。着替えてくるな」
「はい!」
信助は既に制服だった。
恐らくこのまま木枯らし荘へ行くのだろう。
早く、早く!と全身で急かしていた。
俺はそんな可愛い後輩に苦笑いしながらも部室へと歩みを進めた。
――だけど、
どんなに『あの子』と似た風貌をして居ても、『あの子』の魂を心に感じても、『あの子』はここにいない。
そんな当たり前の事が、今更ながら心に重くのしかかってきた。
「…霧野先輩、なんでミキシトランスなんかしてたんだろ?」
信助の呟きを聞く者は誰も居なかった。
「「いただきまーす!!」」
「ふふっ、皆、沢山おかわりあるからね」
「「はい!!」」
さすがに雷門の皆で押し掛けただけあって食卓はぎゅうぎゅう詰めだった。
しかし秋さんの料理は相変わらず美味いので皆文句を言う暇もなく食べ物を食べまくっている。
というか、文句を言っていたら自分の分が無くなってしまう。
我らはなんと言っても食べ盛りの男子中学生。
あっという間に皿に乗っていた食べ物がすぐさま無くなるのは当然の事だった。
しかし、美味しいはずなのに俺の箸はなかなか進まなかった。
「霧野センパ〜イ、それ、食べないなか俺が食べちゃいますよ?」
「あ、コラ!」
それに目敏く目をつけた狩屋が俺の分まで横取りされそうに…というかされた。
「狩屋…」
「ぼーっとしてる先輩が悪いんですよ。全く、先輩らしくない」
「!」
狩屋はさっきのニヤニヤした笑い方とはうってかわって少し真剣な目をしていた。
…そういえば、コイツは意外と人の心に敏感だから何か気付いているのかもしれない。
けれどなんとなく、コイツにはバレて欲しくない気がした。
「…何言ってんだ。代わりにこれ貰うぞ」
「あ、ちょ!」
ポーカーフェイスを保ちながら狩屋の皿にあるコロッケをひょいと掴むと狩屋は猫の様にシャー!!と身の毛を逆立てながら騒いだ。
あっという間に狩屋の関心はコロッケの方へと移った事に内心ホッとしながらも俺は箸を進めた。
「………」
秋さんがそんな俺を心配そうに見つめていたなんて事を知らずに。
「「ご馳走様でしたー!!」」
「はい、お粗末様でした」
秋さんの手料理を食べた俺達は言うまでもなく、雷門での様子が聞けた秋さんも大満足だったようだ。
後片付けを手伝った後、俺達は漸く帰路についた。
「じゃーなー」
「お疲れ様でしたー」
「おー」
「霧野くん」
俺も帰ろうとした時秋さんに声を掛けられた。
「?なんですか?」
「サスケの散歩がてら、ちょっとお話しない?」
「?は、はぁ…」
秋さんはリードを持ちながらにこりと笑った。
俺は少し戸惑いながらも断る理由がないので素直に頷いた。
「あの…話ってなんですか」
河川敷に着くとサスケが休憩してしまい俺達も近くで腰をおろした。
「話っていうか…なんだか他の皆より霧野くん、元気がない気がしたから。…皆は日本代表に選ばれなくて元気がなかったけど霧野くんはそれ以外の事が理由なんじゃない?」
「―――、」
違う?、と小首を傾げる秋さんに思わず言葉を失った。
何故気づかれたのだろう。
秋さんはそんな俺の心情を汲み取ったのかサスケの背中を撫でながら言葉を続けた。
「…今日ね、皆を呼んだのはちょっとでも元気づけられたらって思ったからなの。そしたら皆楽しそうにして食べてくれたから安心した。でも霧野くんだけは…なんだか心あらずって感じだったから」
「………」
「部外者だから話せる事もあるんじゃない?」
狩屋くんも気付いていたみたいだけど話したくないんでしょう?
秋さんは話したくないのなら構わないけど話した方が気が楽になるわよ、というように微笑んでみせた。
――甘えてしまっても、いいのだろうか、
俺はそんな誘惑にかられ、ついに口を開いた。
「…秋さんは」
「ん?」
「秋さんは、叶う事のない相手に恋をする事は愚かだと思いますか?」
「え…」
秋さんが戸惑っているのがわかったけれど構わず言葉を続けた。
「俺達はほんの少し前まで時空最強イレブンを作る旅をしていました。その過程で俺はジャンヌに出会い、力を貸してもらった」
「………」
「彼女の運命を呪わなかったと言えば嘘になる。だけど歴史はどんな事情があろうと変えてはいけない。だからせめて、何があろうと俺だけは彼女の事を一生覚えていようと思ったんです」
「…うん」
「だけどフェーダとの戦いも終わり、俺達は普通の日常に戻った。…ミキシトランスはこの時代では有り得ない現象です。俺達以外に出来る人はいない。だからもう、皆でミキシトランスをするのは止めようって事に決めたんです」
その時から、俺の中には彼女がいるはずなのにどこか遠くへ感じるようになった。
傍にいるはずがないのに、貴方はもう、私の力が無くても大丈夫ですよ、と言われている気がして。
「だけどどうしても彼女を感じたくて1人ミキシトランスする事がありました。けれどそれによって以前よりも彼女が傍に居ないという事が重くのしかかってくるようになったんです。…恐らく、もう彼女と一緒に戦う事は出来ないから」
傍に居なくとも、ミキシトランスをして敵に向かっていけば彼女を感じられた、一緒に戦っていられた。
だけどもう、それは出来ないのだ。
「…怖いんです、いつか彼女の事を感じる事が出来なくなるのが。彼女との出会いを過去の事として思い出にしていまうのが」
「霧野くん…」
カッコ悪いと思いながらも俺の目から涙が溢れてきた。
ついに俺は顔を手で覆った。
「俺、彼女の事が好きなんです。叶う事はないと知ってても。もう二度と会う事はないとわかっていても。」
なのに俺は彼女の事を過去の事にしようとしている。
覚えていたいのに、忘れたくないのに。
こんな自分が嫌になる。
「…私もね、昔好きな人がいたの」
「…え…?」
叶う事はなかったけどね、と秋さんは少し哀しそうに笑った。
「辛かった、悲しかった。思いが届かなくて。でもね、その事をなかった事にしようとは思わなかった」
「………」
「霧野くんのとはちょっと場合が違うけれど私も彼に恋をしたから今の自分がいる。霧野くんもジャンヌさんに恋をしたから今の霧野くんがいるんでしょう?」
「あ……」
「だから大丈夫。霧野くんが霧野くんである限り、ジャンヌさんの事を忘れたりしない、過去の事になんかならないわ」
「秋さん…」
秋さんは俺の頭に手を置くと優しく撫でた。
「だから、ね?大丈夫よ」
「!…はい…ありがとうございます」
涙声になってしまいちゃんと言えたかわからないが秋さんの言葉に凄く安心した。
何故だろう、この人の言葉はよく心に染みる。
どこかで似たような感覚にあったと思ったらそうだ、円堂監督と似てるんだ。
秋さんの好きだった人って監督だったんじゃないかなって思った。
俺は顔をあげて涙を拭うと秋さんに向き合った。
「話、聞いてくれてありがとうございます。おかげでスッキリしました」
「そう、良かったわ」
秋さんも安心したのか笑いかけてくれた。
「それじゃ俺、行きますね」
「ええ、引き留めてごめんなさいね」
「いえ。あ、ご飯ご馳走様でした」
「ふふっ、良かったらまた来てね」
「…はい」
秋さんに話を聞いてもらったおかげでだいぶ心が軽くなった。
傍に居なくても彼女のとの出会いが俺を変えてくれたのは事実だ。
その事を見失わない限り、俺は彼女の事を覚えていられる。
何故そんな簡単な事に気付かなかったのだろう
「ごめんな、ジャンヌ」
漸く俺は帰路についた。
――本当、時空の旅とは残酷ね
どんなに会いたいと思っても、その願いが聞き届く事はない
けれどだからこそ、彼達の幸せを願ってやまないのだ
「いつか、霧野くんもジャンヌさんと同じくらい大切な人が出来るといいわね」
私のように。
「くぅーん…」
「帰ろっか!」
「バゥ!」
帰ったら彼に電話しよう。
時差があるからもしかしたら寝てるかもしれないけど何故か彼の声が聞きたくなった。
―――――――――――
あの瞬間まで繋がっていたのに
title by 『ポケットに拳銃』
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