そういえば出掛ける間際にネスティが傘を持っていくように勧めてくれていたっけなあ、なんて。そんなことが今頃になってぼんやりと頭の片隅を過った。もちろん今更後悔しても遅いことだが、やはりそのとき晴天だったからとネスティの忠告をむげに断ってしまったのは失敗だったかもしれない。本当に、何故あのときの自分は彼の忠告を大人しく訊いておかなかったのだろう。

「でも…さっきまであんなに晴れてたじゃない…。」

忌々しそうに空を睨みつけてみても、それを嘲笑うかのように雨は激しさを増すばかり。ぽつりぽつりと地面に小さな丸い跡を残していた染みはすぐに大きな染みへと広がってゆき、そこに立ち尽くす名前の頭や肩をも濡らし始めた。

すぐさまぐるりと辺りを見渡してみたが、どうやら近くに雨を凌げそうな場所もないらしい。

「走るか?」

一緒に買い出しに出て来ていたルヴァイドがすぐさま隣にいた名前に声をかけた。名前は嫌そうな顔で彼を見上げたが、そのような顔を彼にしてみせたところで他にどうしようもないことは分かっている。走ろうが歩こうが悔もうが嘆こうが。どちらにせよずぶ濡れになるのは確定事項なのだ。そう思い至ったところでようやく名前は諦めたように小さくこくりと頷いた。

地面を蹴るたびに水が跳ねる。

少しでも濡らさないようにと胸に抱え込んだ荷物の上にも雨粒は容赦なく降り注ぎ、筋を作っては流れ落ちていく。丸腰の食材は無事だろうか。新しく買った武具に問題はないだろうか。そんなことを気にしている間にも名前自身、ぬかるみに足を奪われ、雨に体温を奪われた。いつもより体力の消耗が激しい。

「…はあっ…、…ルヴァイド、先に行って?」

「大丈夫か?」

名前が息を切らせながら足を止めると、少し前を走っていた彼も足を止めて後ろを振り返った。そうやって彼が気を遣ってくれていることが少し心苦しく、自分のこのインドア派丸出しの体力が恨めしい。

「あれ?」

膝に片手をついて息を整えていると、ふと雨が和らいだような気がして名前は顔を上げた。見上げた先にあったのは、自分の頭上を覆うように広げられたルヴァイドの黒いマント。それがどうやら名前を雨から庇ってくれているらしい。

「い、いいよ!?それだとルヴァイドが、」

「ここまで濡れたら同じだ。」

「それなら私だってそうだし、」

「お前とは基礎体力が違うのでな。」

さらりと言葉を打ち返されて名前はぐっと口を噤んだ。そう言われてしまってはこちらも返す言葉もない。名前は視線を地面に落とすと雨の音にかきけされそうなか細い声で、ありがとう、と呟いた。


滴り落ちるロマンチシズム


(声を大にしては言えないが、ネスティの忠告をむげに断ってしまったのも失敗ばかりではなかったかもしれない。)