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- ナノ -

1章

04


 
(研磨視点)


バレーボールは好きでも嫌いでもない。でも人混みは嫌いだ。東京の地区予選は他の都道府県よりも出場校が多い。わざわざ一つの体育館に集める意味とは。もっと細かく分散してくれればいいのに。人の流れを気にして速く歩くのは苦手だ。

「ごっ、ごめんなさい!」
「ごめん……」

トイレに行くまでの距離でさえも人混みにイライラしていたら知らない女子とぶつかってしまった。どこかのマネージャーだろうか、白いジャージを着ている。

「お怪我はありませんか?」
「大丈夫……」

肩がぶつかった程度だったから謝罪と会釈で終わらせようと思ったのに、女子は青褪めた顔で聞いてきた。周りと比較したら体格は小さい方だけどそこまでヤワじゃない。大丈夫だと告げると女子は安心したように息をついて去っていった。

「……あ」

その後ろ姿をぼんやり見ていたら、ポケットからハンカチが落ちる瞬間を目撃してしまった。見て見ぬフリするわけにもいかず、白いハンカチを拾い上げて視線を上げた時にはもう女子は長身の選手達に埋もれて見えなくなっていた。

「何それ?」

呆然と立ち尽くす俺の背後から現れたのはクロだった。俺が手に持つ女物のハンカチを目ざとく見つけてきた。変に誤魔化して変に勘繰られるのは嫌だ。

「さっき知らない人とぶつかって、その人が落とした」
「女子?」
「そうだけど」
「うっわ何フラグ立ててんの!?」
「そんなんじゃないし」

ありのままを伝えるとクロのテンションがわかりやすく上がった。確かにラノベとかでありそうなシチュエーションかもしれないけど、もう顔も覚えてないしこれから何かが始まる予感は全くしない。

「落とし物ってどこに届ければいいんだろ」
「持っとけって!ここでぶつかったってことはどっかのマネージャーだろ?会えるかもじゃん」
「じゃあクロ持っててよ」
「何でだよ」

結局試合が始まったらハンカチのことは忘れていて、帰宅後にリュックの中から出てきてそっと机の引き出しにしまった。めんどくさい。落とし物として事務所に届ければ良かった。何であの時ハンカチを拾ってしまったのか、何で女子とぶつかってしまったのか。いくら後悔してもこのハンカチが消えることはない。そもそも何でハンカチを落とすんだよ、と名前も知らない女子に対してまで理不尽な文句が出てきそうになって、とりあえず考えることをやめた。本当にめんどくさいことになってしまった。


***(夢主視点)


「……」

どうしよう……トイレに行く木兎さんの付き添いをしてたのにいつの間にか見失ってしまった。多分さっき知らない人にぶつかってしまったから、その隙に逸れてしまったんだと思う。
木兎さんの体格なら目立ちそうなものだけどパッと見渡した限り見つからない。もうトイレに入ってしまったんだろうか。

「夜野田」
「赤葦くん……!」

木兎さんを捜してオロオロしてる私を見つけてくれたのは赤葦くんだった。別に迷子になったわけでもないのに、赤葦くんの姿を確認した瞬間謎の安心感を感じた。

「どうしよう、木兎さんと逸れちゃった……」
「木兎さんなら……ほら、あそこ」
「あ!」

赤葦くんが指さした方には他校の人と楽しそうに話している木兎さんの姿があった。

「アッ!夜野田ごめん忘れてたー!!」
「いえ、木兎さんが無事で良かったです」
「え、何その男前なセリフ!」

どうやらトイレでお友達とバッタリ会ったみたいで、そのまま話し込んでしまっていたらしい。何はともあれ無事で良かった。

「木兎さん、夜野田は女子なのでちゃんと気にしてあげないと逸れてしまいます」
「じゃあほら、手ェ繋げばいいじゃん!」
「!」
「ふはは、黙って俺についてこーい!」

木兎さんの大きな手が私の手をとった。私が逸れてしまわないように引っ張ってくれるみたいだ。男の子と手を繋いだのなんていつぶりだろう。小さい頃近所の男の子と探検ごっこをしたのを思い出して懐かしくなった。

「どう?今の男前?」
「はい!」
「木兎さん、歩幅考えてください」

木兎さんのハイペースはちょっと疲れてしまう時もあるけどすごく楽しい。早く追いつけるようになりたいな。木兎さんと、梟谷のみんなと同じ景色を見たい。木兎さんに引っ張られて小走りになりながら、そんなことを思った。


***


毎年夏になると、都内の複数の学校が集まって合宿をするらしい。今回の開催地は梟谷で5日間の長期で行われる。梟谷はスポーツに力を入れてる学校だから、校内にいくつも体育館があるし合宿用に宿泊施設もある。
今年最初の合宿は家族旅行で参加できなかったから、私は今回が初めての参加になる。マネージャーである私達は他校3校を受け入れる準備で昨日から忙しなく動いていた。

「……あ!!」
「あ……」

宿泊棟の階段の掃き掃除をしていると、見覚えのある人とバッタリ会った。金髪、猫目、赤いジャージ……インターハイの予選会場でぶつかってしまった人だ。

「あの時はすみませんでした」
「いや、こちらこそ……」

相手も私のことを覚えてくれていたみたいでお互いに頭を下げる。ここにいるってことは合宿に参加する梟谷グループの学校の部員さんなのかな。

「あの時、ハンカチ落とさなかった?」
「え……はい、ハンカチ、失くしちゃって……」
「俺拾って……あ、でも持ってきてないや」
「わ、ありがとうございます!じゃあ次の合宿の時にでもお願いします」
「わかった」

お気に入りのハンカチがいつの間にかなくなっていたと思ったら、予選会場で落としていたのか。誕生日に友達から貰った物だったから思いがけずに見つかって嬉しい。

「何かわからないことがあったら聞いてくださいね」
「あ、うん」

話している時なかなか目は合わせてもらえなかったけど、見ず知らずの私のハンカチを拾って保管してくれていたなんて優しい人には違いない。同い年だろうか。今回の合宿でもっとお話できたらいいな。


***(研磨視点)


ハンカチの存在なんてすっかり忘れていた頃に持ち主と再会した。やけに腰が低くてまっすぐ俺の目を見てきた彼女は梟谷のマネージャーらしい。

「研磨見たぞ〜」
「な、何で研磨が他校のマ、マネさんと仲良さげに……!」
「……」

ハンカチを次の合宿で渡す約束をした場面をめんどくさい2人に見られてしまった。クロはニヤニヤしてるしトラは何故か挙動不審だ。

「梟谷の子だろ?何で知ってんの?」
「この前のハンカチの……」
「えええマジで!?胸熱!!」
「別に何もないよ」

俺もまさかこんなところで会うとは思ってなくて吃驚したけど、クロが期待してるようなことはない。なくていい。知らない人のハンカチをずっと持ってるの嫌だったし、さっさと返してしまいたい。

「いーや、俺だったら好きになっちゃうね」
「嘘ばっかり」
「研磨ぁぁぁ抜け駆けは許さねぇぇぇ!!」

他人事だと思って適当なことばっか言わないでほしい。そしてトラは煩い。



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