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3章

15


 
「夏からさ、一人暮らししようと思う」
「え!」

京治くんの部屋でのんびり過ごす中、唐突に言われた。びっくりして京治くんを見るといつものおすまし顔で、本棚に手を伸ばして取り出したのは何冊かの住宅情報誌だった。

「キャンパス変わってゼミもあるし貯金も貯まったし……もうちょっと近い方がいいなって」
「へーすごい!」

京治くんの学部は3年からキャンパスの場所が変わるんだと前から聞いていた。確かに今までのキャンパスより遠くなったと思う。ゼミも忙しいって言ってたし、近い方がもっと時間に余裕を持てるんだろうな。
私はこの先も一人暮らしをする予定はないから憧れる。東京を出た友達の話を聞くと家具を買ったりお部屋のレイアウトを考えたり、すごく楽しそうだと思う。

「どんなお部屋にするの?」
「……」
「?」

京治くんはどんなお部屋に住むんだろう。京治くんのことだから今みたいにスッキリしたお部屋になるんだろうな。でも忙しいといろいろ適当になっちゃうから、一人暮らしとなると散らかしちゃうのかもしれない。

「梢は……やっぱ風呂とトイレは別の方が良い?」
「えっ……うん、そうだね」
「他に何か気にするところある?」

京治くんのお部屋のことなのに私の希望を聞いてくれるのが、私が来ること前提で考えてくれてることが嬉しい。

「私が部屋を探すんだったら、日当たりとかゴミの場所とか気にするかな。あと家がIHだからできればキッチンはIHがいいな」
「なるほど」

なんだかこうやって話してると一緒に住む部屋を探してるみたいでまたニヤニヤしてしまう。いつかそういう時も来るんだろうか。楽しみだなあ。

「こことかどうだろう」
「んー……いいね。京治くんがいいと思うところが一番だよ」
「俺は駅に近ければそれでいい」

京治くんは通学のしやすさが最優先のようだ。男の人ってこんなもんなのかな。私だったら絶対いろいろ調べてあれもこれもって迷っちゃうと思う。

「多分就職した後もこの部屋で暮らすと思うし…… 梢も来ることになると思うし……」
「!」

私が思っていたよりもずっと長い目でお部屋を決めようとしていたことを知って今度はドキドキした。それはつまり同棲しようってことだろうか。いやそれは深読みしすぎかな。とりあえず大学を卒業した後も京治くんの隣には私がいていいんだと思って安心した。

「もちろん家族が増えたらもっと大きい部屋とか持ち家も考えてるけど……」

同棲にドキドキしていたらもっと上をいかれてた。こういう時どういう反応をすればいいかは相変わらずわからない。京治くんは真剣な顔をしている。きっとこれ、無意識に言っちゃってるパターンだ。

「……ごめん、重いな」
「ううんっ全然!」

その後ハッとして、照れ臭そうに視線を逸らした。無意識だからこそ嬉しい。思わず出てしまった京治くんの本音なんだろう。

「私も……卒業した後は都内で就職しようと思ってる」
「うん」
「……ので、私もここがいいと思います」

卒業した後も一緒に過ごせるんだったら、京治くんが挙げた候補のお部屋で私は何の文句もない。バストイレ別でIHキッチンの1DK。新しい空間でまた京治くんとの思い出をいっぱいつくっていくのが楽しみだ。

「じゃあここにする」
「うん」

付き合って3年が過ぎたけど、また新しい京治くんの一面が見られるかもしれない。嫌だと思うところもあるかもしれない。それでも京治くんと離れる未来は想像できなかった。甘い雰囲気を醸し出す京治くんのキスを受け止めながらそんなことを考えた。

「ただいまー」
「……」
「……」

ベッドの側面に押し付けられ、京治くんの手が脇腹に触れたところで京治くんのお母さんが帰宅した。ふたりきりだった家の中に生活音が生まれて一気に現実に引き戻され、お互いに目を合わせて苦笑する。

「早く一人暮らししたいな」

ぼそりと呟いた京治くんの言葉には頷けなかったけど、お料理の練習はしておこうと心に決めた。


***


大学3年の夏。京治くんは宣言通り一人暮らしを始めて私も何回かお邪魔している。今日も学校帰りに寄ってお泊まりする予定だ。18時くらいにゼミが長引いてるから先に寛いでてと連絡がきたからスーパーで買い出しを済ませて今家に到着した。
合鍵は貰っている。自分で持ってたら失くしそうだし他に渡す人もいないしということで受け取った。失くしたら5万払わなきゃらしいと笑って言われた時は緊張したけど嬉しかったのも事実だ。

「お、お邪魔しまーす……」

何回か来てるけど家主がいない時にお邪魔するのは初めてだから少し緊張する。恋人とはいえ自分がいない時に部屋に上がられるって嫌じゃないのかな。見られたら困る物とかないのかな。
電気をつけると2人がけのソファの上にスウェットが脱ぎ捨てられていたのがまず目に入った。きちんとしていそうに見えて京治くんはそこそこめんどくさがりなところがある。京治くんのリアルな生活感が見えて嬉しく思った。こういうの、片付けてもいいんだろうか。お母さんでもないのに出しゃばった行為だと思われちゃうかな。

「……」

少し考えても答えは出なかったからとりあえず台所を借りてご飯を作ることにした。


***(赤葦視点)


ゼミが長引いてすっかり遅くなってしまった。こういう時に限ってスマホの充電が切れて今から帰ると連絡できなかった。心配してるだろうか。
急いで帰ってくると玄関前にいい匂いが漂っていた。一緒にカレーでも作ろうと話していたから先に作ってくれたんだろう。将来結婚した時のことを想像してひとりでニヤニヤしてしまった。

「……!」

しかし鍵が空回りしてそんなおめでたい思考が一気に吹っ飛んだ。何で鍵が空いてるんだ。

「梢……!」

何かあったんじゃないかと靴を脱ぎ捨てて中に入ると、梢はソファに横になっていた。ただ寝てるだけだと確認して安堵する。念のため浴室やキッチンを見渡して不審者がいないことも確認した。
鍵はおそらく閉め忘れただけだろう。まったく無用心な……。無防備な寝顔を見て本当に何事もなくて良かったと思ったと同時に、俺のスウェットを抱きしめてるのに気付いてムズムズした気持ちが込み上げてきた。

「梢、起きて」
「ん……おかえり、遅かったね」
「ただいま。ごめん、スマホの充電切れてた」
「あ……こ、これは……」

のそりと起き上がった梢は自分が抱きしめているスウェットに気づくと恥ずかしそうに目を逸らした。

「心配になっちゃって……」

なかなか帰ってこなくて連絡もなかったからやっぱり不安にさせてしまったみたいだ。スウェットを抱きしめていたのは俺のにおいを嗅いで安心したかったからだろうか。可愛らしい行動に今すぐ抱きしめたくなる衝動をぐっと堪える。

「俺の物は好きにしていいけど、鍵はかけて」
「あ、開いてた?」
「鍵開けっ放しで寝るのはダメ」
「はい……気をつけます」
「うん」

今回はことなきを得たけど、いくら平和な日本といえども悪い事を考える奴はいる。防犯には今後気をつけて貰わないと困る。梢が素直に謝罪したのを聞いてから握っていたスウェット奪って抱きしめた。残り香なんかより目の前の本物を感じてほしい。汗臭いだろうかと心配したけど梢もぎゅっと背中に腕をまわしてきたから安心した。

「ごはんできてるよ」
「ありがとう。後でいい?」
「んっ……」

カレーの匂いは魅力的だけど、今目の前にもっと魅力的な人がいる。さっきまで食欲が優ってたのに男ってやつは単純だ。
ああ、早く一緒に暮らしたい。



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