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3章

16


 
「京治くん、お誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう」

大学4年の12月5日。こうやって梢に誕生日を祝ってもらうのは何回目になるだろうか。

高校1年の時は先輩たちと一緒にバレバレのサプライズで祝ってくれた。この時はお互いに恋愛感情はなくて、普通の部員とマネージャーだった。名字で呼ばれていたな、と思い返してみて懐かしく感じた。
梢の第一印象は"真面目"。俺もよく真面目だと言われてきたけど、それは面倒なことにならないように言われたことをやってきただけだ。梢の場合、誰からも褒められなかったとしても時間ギリギリまで掃除の手を抜かないし、誰かが困っていたら自ら手を差し伸べる。間違いなくいい人ではあるけど、いつか騙されたり損をしたりしそうだなぁと客観的に思っていた。
この時貰った物は吸水性の良いタオル。さすがにもう肌触りは劣化してしまったけど今でも洗面所のタオルハンガーに引っかかっている。一人暮らしの部屋に梢を招いた時に「もう捨てなよ」と笑われた。

高校2年の誕生日はよく覚えている。梢に告白をした日だ。何か欲しい物は無いかという質問をいいように利用してデートに誘った。そこで「付き合ってほしい」とはっきり伝えて、困惑する梢に対して「返事はたくさん考えてから教えて」だなんて余裕ぶったくせに、家に帰ってからの時間は恥ずかしさと緊張とフられたらどうしようという思考がぐちゃぐちゃになってたまらなかった。後悔はなかったけど誕生日に告白するもんじゃないなと思った。ちなみに貰った物はマフラーで、これも今でも愛用している。
梢のことを好きだと自覚したのはいつだっただろう。はっきりとした日付はわからない。進級してすぐにクラスメイトから梢のことが好きだと相談を受けて、梢に彼氏ができるのは嫌だと気付いた。佐久早が痴漢から助けてくれたという話を聞いて、他の誰でもない俺が梢を護りたいと思った。それから梢の一挙一動を可愛いと思うようになった。梢と話していると心が穏やかになっていて、触れられた時は顔が熱くなるのを制御できなかった。
女子に対して可愛いなと人並みに思うことはあっても、それまで恋という恋をしたことがなかった。俺に人を好きになるって気持ちを教えてくれたのも、幼稚な独占欲を芽生えさせたのも梢だ。
告白の返事を貰えたのは5日後の12月10日。梢の言葉は今でも忘れない。「キスしたいとは思わない」という衝撃的な出だしにショックを受けたものの、梢は自分の言葉で素直な気持ちを伝えてくれた。しどろもどろながらもプロポーズのような言葉を貰って、梢には一生敵わないと思い知らされた。

高校3年、恋人になって初めて迎えた誕生日は一緒にイルミネーションを観に行った。この時貰ったのはベルトでもちろん今も使っている。
大学に進学してからはバイトも始めて行動範囲が広がり、いろんなところへ出掛けた。1年の誕生日には日帰りで千葉の水族館へ行った。この時は水族館のお土産コーナーで売っていたアザラシの抱き枕を貰った。今もベッドの上に転がっているけど、これを抱いて寝るのは専ら梢の方だ。
大学2年の時はアウトレットへ行って服を選んで貰った。梢が選んでくれたニットを長持ちさせたくて、20歳にして初めて洗濯機のドライコースが何なのかを理解した。
大学3年……去年は、一人暮らしを始めたこともあって俺の家でゆっくり2人で過ごした。貰ったものはちょっといいボールペン。就職活動でかなりお世話になった。

そして今年か。数えてみたら7回だった。この回数が多いとは思わない。22年間のうちの7回。人生100年のうちの7回だ。

「何か欲しいものある?」
「んー……あ、靴下がいいな。仕事でも使えるやつ」
「京治くん穴空いた靴下いい加減捨てなよ」
「うん」

梢に出会って8年目。関係性が変わっていく中でありのままの自分を全部見せてきたつもりだ。梢は余裕の無いダサい俺も朝起きられないだらしない俺も受け入れてくれて、そしてたくさんのものを与えてくれた。それは形に残る物だけではない。
極端な話プレゼントなんて、そこら辺に落ちている石ころだっていいんだ。梢と一緒に誕生日やら成人式やら就職やら、人生の節目を祝えていることが何よりも嬉しかった。

「ていうか本当に靴下でいいの?」
「うん。あと何十回も祝ってもらうつもりだから」
「!」

今まで生きてきた22年間なんてなんて長い人生の半分にも満たない。"おじいちゃんおばあちゃんになるまで"、まだまだ先は長い。
春からはお互い社会人になる。俺は都内の出版会社、梢は都内の日本語学校の講師として内定が決まっている。きっと今よりも会う時間は少なくなってしまうだろう。それが理由で就職してから別れたカップルの話はチラホラ聞く。

「おじいちゃんおばあちゃんになっても……ってやつ、俺は本気だから」

大学に進学しても社会人になっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても一緒にいられたら幸せだと思う……そう言ったのは梢の方だ。その言葉を真に受けて生涯をともにする気満々でいるなんて、重いと思われるだろうか。側から聞いたら「何を世間知らずの若造が」と笑われるかもしれない。
でも自信があった。梢を一生愛せるという自信。その自信を持たせてくれたのは他でもない梢だ。

「私もだよ。しわくちゃになっても手、繋いでね」

俺と一緒にいることが幸せだなんて無欲にも程がある。そんなのこっちからお願いしたいことなのに。
50年後、目尻や口元にたくさんの幸せの証が刻まれた梢の笑顔を想像した。うん、世界一可愛い。その隣にしっかりと自分の姿も想像して、いつもより少し温かい梢の手をぎゅっと握り返した。



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