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3章

05


 
春高魔の3日目、2つ目の狢坂戦は木兎さんの活躍もあって勝てたものの、個人的には大いに反省するべき試合だった。俺の取るに足らない自尊心のせいで先輩達の試合を台無しにするところだった。今思い返してみてもゾッとする。

「あ、京治く……」
「!」

梢の気配を感じて咄嗟にトイレへ逃げ込んだ。さっき先輩達の前で泣いてしまったばかりでまだ目が赤い。こんな顔を見られるのは嫌だ。

「夜野田どしたー?」
「木兎さん……お願いがあります」
「ん?」


***


トイレに駆け込んで顔を冷水で洗ったら少しはマシになったかもしれない。結構時間経ったし、さすがにもう近くにはいないだろう。

「赤葦捕獲ーー!」
「!?」

トイレから出ですぐに木兎さんに捕まった。何故かテンションの高い木兎さんは俺の腕を強い力でグイグイと引っ張っていく。いったい何なんだ。今までの経験からして、こういう時はあまりいいことが待っていない。

「ありがとうございます木兎さん」
「!」

奥の自販機が置いてあるスペースにいたのは梢だった。この感じだと梢が木兎さんに俺を連れてくるように頼んだんだろうか。木兎さんは俺と梢を引き合わせた後、「ごゆっくり!」と残して去っていった。仁王立ちしている梢は珍しく怒っている気がする。さっきあからさまに避けたのがマズかったかな。

「京治くん……私は悔しいです」
「……?」

試合には勝ったのに何を悔しがることがあるんだろうか。狢坂戦での俺の不甲斐なさにだったらどうしよう。

「私も京治くんの泣き顔見たかった」
「……は?」

俺の心配はよそに、その理由はあまりにも予想外だった。俺の泣き顔が見たいってどういう感情なんだ。

「私、さっきの試合観ててちょっとだけ木兎さんに嫉妬したの」
「?」
「私の知らない京治くんの表情は、まだまだあるんだなぁって」
「……」

なんとなく梢の言いたいことはわかった気がした。確かに俺がバレーボールを楽しめるようになったのは高校になってから。木兎さんと一緒にプレーするようになってからだ。俺にとって木兎さんはスター選手で、同じコートでセッターとしての役割を果たすと同時に、一ファンとして純粋に木兎さんのプレーを見たいという気持ちも抱いていた。さっきの試合でも木兎さんは俺に新しいステージを見せてくれた。あの時の興奮はきっと一生忘れることはないだろう。

「もちろん私は選手として同じコートに立ってるわけじゃないから当然だと思う」
「……」
「でも……泣き顔くらい、見せてくれたっていいじゃん」

段々と梢の声が震えてしぼんでいく。そんなこと言われたら、どんなにかっこ悪い俺でも受け入れてくれるって自惚れてしまうんだけど……多分間違ってはいないと思う。

「……ごめん」
「……うん」

かっこ悪い姿を見せてもいいんだと思うとだいぶ心が救われた。梢はきっとダメな俺でも、今みたいに笑って許してくれるんだろう。いったいこの世界に何人、こうやって受け入れてくれる人が傍にいるのかな。俺は本当に恵まれている。

「さあっ、泣いていいよ!」
「さすがに無理だよ」

とはいえ、梢に泣き顔を見られたくないという気持ちは変わらない。


***(夢主視点)


「卒業おめでとうございます!」

3月半ば、卒業式を終えたばかりの先輩達を捕まえて祝福の言葉を口にする。
春高は残念ながら優勝することは出来なかった。決勝戦で木兎さんのアタックがブロックに止められて敗けが確定した瞬間、不思議と涙は出なかった。泣いてはいけないと思ったのかもしれない。ただしその後の引退式ではめちゃくちゃ泣いた。胸にリボンをつけた先輩たちを見たらまた涙がこみあげてきた。

「……大丈夫?」
「うん」

引退式での号泣っぷりを知っている京治くんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。ゆるゆるの涙腺にグッと力を入れて涙が出てくるのを抑える。ここでまた号泣したらめんどくさい奴だ。

「夜野田俺のボタン欲しい!?」
「そんな私なんかが……!」
「貰ってやってよ」
「誰も貰ってくれなかったんだって」
「私じゃなくて是非赤葦くんに!」
「何でだよ!」
「あ、いらないです」
「でしょうね!!」

いつもみたいなやりとりを見て思いっきり笑って、結局ボタンは私が貰ってしまった。よく見ると小さく欠けていたりひっかき傷があったりで、木兎さんのヤンチャな学生生活が窺えてまた笑ってしまった。

「木兎さんは……いつまでも私達のスターです。ずっと応援してます」
「おう!」
「……ぐすっ」
「夜野田は泣き虫だなー!」

木兎さんの太陽みたいな笑顔をしばらく見られなくなるんだと思ったら、いとも簡単に涙が出てきた。こんなめんどくさい私に嫌な顔ひとつせず、木兎さんは頭を撫でてくれた。今までたくさんのスパイクを打ち抜いてきた木兎さんの大きな手で撫でてもらってると思うと、なんだかすごく勇気づけられた。やっぱり木兎さんってすごい。

「私も木兎さんを見て、梟谷のマネージャーやろうって思ったんですよ」
「マジか! ……ん? "も"って?」
「え? 京治くんも木兎さんを見て梟谷に来たって……」
「エッそうなの赤葦!?」
「言ってなかったの?」
「……」

私と京治くんとの話題に木兎さんの名前が上がることはよくある。1年の時からそうだった。立場は違えど、私と京治くんは春高でプレーする木兎さんに感化された結果梟谷のバレー部にいる。もしかして言っちゃいけないことだったのかな。京治くんを見上げると赤面はしていないものの、照れくさそうな顔をしていた。

「え、え、マジ? ほんとに?」
「赤葦は木兎のこと"スター"って言ってたもんなー。"スター選手と練習するの楽しい"って」
「え!?」
「"絶好調の木兎は見てて気持ちいい"とも言ってたなー」
「え!?」

そこに木葉さんと猿杙さんが追い打ちをかけるように付け足した。思い返してみると、京治くんが面と向かって木兎さんを称賛することってなかったのかもしれない。京治くんの本意ではないのかもしれないけど、こういう好意や感謝は直接伝えた方が絶対に良いと思う。私が京治くんに好きと言って貰えて嬉しかったように、きっと木兎さんも喜んでくれる。

「な、何だよおお〜〜……!」
「「「!」」」

木兎さんは目を丸くして驚いた後、ぶわっと泣き出してしまった。いつもみたいに飛び跳ねて喜ぶ姿を想像していた私はまさかの反応にぎょっとした。木兎さんがこんな風に泣く姿は初めて見た。

「赤葦ありがどおおお!!」
「う、わっ!」

そしてがしっと、力強く京治くんを抱きしめた。

「お前のトス最高だったぜ!」
「……ありがとうございます」

今京治くんはどんな表情をしてるんだろう。私はもちろん、京治くんの人生に木兎さんという人がいてくれて本当に良かった。私からは見えない京治くんの表情を想像しただけで幸せな気持ちになった。
先輩たちと過ごした時間があれば来年もきっと大丈夫。私も胸を張って京治くんの隣にいたいと思う。できることなら、この先もずっと。



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