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3章

04


 
春高初戦の相手は大分の栄和高校。私は自分がプレーするわけでもないのに緊張してしまって、そのせいかもう3回もトイレに行っている。
トイレから出てくると奥に物販スペースを見つけた。そういえば去年の春高で木兎さんはかっこいいTシャツを買っていた。京治くんも私がオススメした可愛いTシャツを買ってくれた。今年は私もTシャツを買ってみようかな。

「おっと」
「っ、ごめんなさい!」

物販スペースをチラチラ見ながら歩いていたら人にぶつかってしまった。こんな感じで人にぶつかってしまうのは何回目だろう。もうすぐ3年生になるんだし、もっとしっかりしなくちゃ。

「お怪我はありませんか?」
「ハイ。そっちこそ大丈夫すか?」
「私は、この通り!」

相手は白と水色のユニフォームを着ているからどこかの学校の選手だ。試合前の選手に怪我をさせてしまうなんてことにならなくて本当に良かった。

「本当にすみませんでした。失礼します」

ふと目に入った時計を見たら一回戦まであと30分を切っていた。私はもう一度しっかり謝ってから、みんなのもとへと急いだ。

「光来くん何ぼーっとしてんの〜?」
「女子とぶつかった!」
「へー」
「すげー心配してくれんの。優しい女の子っていいよなー!」
「光来くん女子からの扱い雑だもんね」
「何だと!?」


***(赤葦視点)


「木兎さん後半調子良かったね」
「うん」
「かっこよかったなー!」
「そうだね」

一回戦は予想しなかったところで木兎さんのテンションが下がって少し焦ったけどなんとか持ち直すことができた。目立ちたがりの木兎さんにとってはコートの大きさも重要らしい。明日以降はメインアリーナの方だから大丈夫だろう。

「京治くんTシャツ買う?」
「いいのがあったら買おうかな」

試合が終わったらホテルに戻るまで自由時間になる。梢が物販を見に行きたいと言ったから一緒に行くことにした。去年俺が勧めたTシャツを買わなかったことを少し後悔しているようで、また選んでほしいとのことだ。そんなのお安い御用なわけだけど、冷静に考えて俺が選んだTシャツを着る梢ってやばくないか。そのTシャツ姿の梢を見た時、変な気を起こさないか心配だ。なるべく変なデザインを選んだ方がいいかもしれない。

「そういえばね、試合始まる前に稲荷崎の宮くんに会ったよ」
「……へえ」
「稲荷崎はシード校で、明日烏野と試合なんだって」
「そうなんだ」

烏野は今年のインターハイ2位の強豪校と早速当たるらしい。観たいけど時間的に多分最初しか見られないだろうな。
それよりも俺の知らないところで梢が宮侑と会っていたことが少し嫌だと思った。やましいことがないからこそ笑顔で話してくれてるってことはわかってる。彼女の交友関係にまでヤキモチを妬く彼氏なんて嫌だろうな。梢に悟られないように表情筋に力を入れた。

「あ!」
「あ……さっきの……」

物販スペースに向かって歩いていると、正面から俺達を見て立ち止まる人がいた。反応してるのは俺じゃなくて名前の方だ。鴎台という文字の書かれたユニフォームを着ている。

「試合始まる前にぶつかっちゃって……」
「……そうなんだ」

また俺の知らないところで梢が交友関係を広げていることにモヤモヤしてしまった。自分がこんな嫉妬深いなんて初めて知った。気にするな、ぶつかっただけだ。孤爪ともそんな感じの出会い方をしていたじゃないか。

「梢?」
「え……福ちゃん……!? あれ!?」

梢に反応したのは一人だけじゃなかった。最初に反応した方がぶつかった相手だと思う。しかし隣の長身の方は「ちょっとぶつかった」程度の知り合いじゃないとすぐに察した。

「兄貴がここにいるわけないだろ。幸郎だよ」
「さっちゃん!髪伸びたからわかんなかった!」
「梢はあんま成長してないね」
「おい幸郎どういうことだよ説明しろ!」
「え? いとこだけど」
「いとこ!?」

いとこ……いとこか。同い年くらいのいとこだったら名前で呼び合うのは不思議じゃないし、このくらいの距離感もおかしいことじゃない。大丈夫だ。

「……隣の人は彼氏?」
「えっ、あ、うん!」
「……どうも」
「どうも。残念だったね光来くん」
「べ、別に!?」

警戒すべきはいとこよりその隣だったのかもしれない。早い段階で牽制できてよかった。俺が梢の恋人だと知ると気を遣ってくれたのか、それ以上世間話をすることもなく去っていった。

「鴎台ってどこだっけ?」
「長野だよ」
「ああ……お正月毎年行くって言ってたね」
「うん。でもここ2年くらい会ってなかったからわかんなかったなー」

長野に親戚がいることは知っていた。全然心配するようなことではないとわかってはいても、一度生まれたモヤモヤはなかなか消えなかった。嫌だな。


***(夢主視点)


あっという間に春高2日目が終わった。2回戦もストレートで勝って木兎さんも調子が良さそうだった。全国大会に来ると改めてすごい人達のマネージャーをやらせてもらえてたんだと実感する。選手のみんなは私の誇りだ。

「……!」

お風呂上りのコーヒー牛乳を買いにロビーまで降りてくると、外に木兎さんと京治くんの姿を見つけた。なんとなく大事な話をしてるんじゃないかと思って割って入っていくのはやめた。
京治くんはあまり自分の気持ちをオープンに話すタイプではないけれど、木兎さんに対する思いは人一倍強いと思う。この春高がどんな結果になっても木兎さんと……先輩達と一緒にプレーできるのは最後になる。出来ることなら、最後の瞬間はみんなが笑っていてほしい。

「……」

ダメだ。最後とか、今は考えちゃダメだ。木兎さんにも去年注意されたのに。"今"、戦ってるみんなを精一杯応援するんだ。明日の2試合とも勝てばベスト4。木兎さんがいつも言っているように全部勝てば達成できる。
やっぱり寝る前に一声かけていきたいな。お話終わったかな。

「あれ、夜野田どうしたの?」
「お、お風呂上がりのコーヒー牛乳です!」

エントランスからチラっと外を覗きに動いたら、ちょうどふたりが中に戻ってきて見つかってしまった。

「アッ赤葦とイチャつきに来たのか!ごめんなー気付かなくて!」
「え……」
「じゃあ俺風呂入るから!」
「いえ、あの、木兎さん……!」
「ん?」

気をきかせてこの場を離れようとした木兎さんの服の裾を掴んで引き留めた。もちろん寝る前に京治くんの顔が見られて嬉しいのはあるけど、今は木兎さんに伝えておきたいことがある。

「明日も頑張ってください。梟谷のみんなが、最強です!」
「!」

改めてこういうことを面と向かって言うのは少し照れくさい。でも、今伝えないと絶対後悔すると思った。最近になって「相手を想う言葉であれば伝えなさい」と、小さい頃おばあちゃんに教わったことをよく思い出す。おばあちゃんが言ってたことは正しくて、京治くんとのことでそれを痛感したばかりだ。

「ごめん赤葦……俺今すげーキュンとしちゃった……」
「いえ、別に謝らなくていいです」
「夜野田、瞬きするなよ!」
「はい!」
「瞬きしないのは無理では……」
「あー俺も彼女欲しいっ!じゃあな!」

木兎さんはきっと高校を卒業した後もバレーを続ける。数年後にはもっともっとすごい選手になって、木兎さんの魅力に惹かれる人もたくさん出てくるんだろう。たった2年間でも、近くで応援できることを本当に嬉しく思う。

「俺もコーヒー牛乳買おうかな」
「うん」

きっと京治くんも私に似た気持ちを持っているはず。木兎さんは私達のスターだ。本当に瞬きせずに見られたらいいのになぁ。



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