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2章

14


 
「赤葦フられたの?」
「フられてません……まだ」

部室で顔を合わせるなり木兎さんはデリカシーの欠片もない言葉を投げてきた。いきなり何てことを言うんだこの人は。

「だって最近テンション低いじゃん」
「……すみません」

夜野田に告白したことは誰にも言っていない。一応周りに迷惑をかけないくらい普段通り振る舞ってるつもりだったけど気付かれてしまったようだ。木兎さんはたまに鋭い時がある。
告白して3日、夜野田からの返事はまだない。

「先輩に相談していいよ!」
「……」

夜野田には「焦らなくていい」なんて大人ぶったことを言ってしまったけど、実際のところ少しでも早く返事を聞きたい。出来ることならいい返事を。フられたくない。付き合いたい。

「夜野田に告白して、今返事を待ってる状態なんですけど……不安です」
「おーマジか!!」
「待てないなら聞きに行けば?」
「誰もが木兎さんと同じような心臓持ってると思わないでください」
「え、ゴメン」

木兎さんと俺は根本的に考え方が違うから相談したところであまり参考にはならない。それでも一人でアレコレ考えているより、素直に打ち明けたことで少しスッキリしたような気はした。

「でもさ、俺前から言ってるけど夜野田と赤葦お似合いだと思うよ!絶対上手くいくからあんま考えすぎんなよ!」
「……ありがとうございます」

俺と夜野田がどうなろうと、優しい先輩達はきっと受け入れてくれる……それがわかっただけでも気持ちが楽になった。


***


「赤葦くんっ、今日一緒に帰ろ」
「あ、うん」

そして告白してから5日後、ついに来た。夜野田の方からぎこちなく一緒に帰ろうと誘ってきたのは、きっと告白の返事をするためだ。俺もつられてぎこちない返事をしてしまった。
事情を説明すると自主練に誘ってきた木兎さんも快く俺を送り出してくれた。何回も一緒に歩いた帰り道がやけに長く感じる。ぎこちない世間話も程々に、夜野田が本題を切り出した。

「あのね……」
「うん」

どっちだ。夜野田のこの感じは、どっちなんだ。焦るなとは思っていても、夜野田の次の言葉を色々想像してしまって口から心臓が出てしまいそうだった。

「先輩達にも相談していろいろ教えてもらって、考えたんだけど……私、赤葦くんと……その、キスしたいとかは、あまり思わなくて……」

ゴン、と鈍器で頭を殴られたような感覚になった。俺とキスしたいと思わないってことは、俺は恋愛対象じゃないってことじゃないか。

「ただ、高校を卒業して赤葦くんと会えなくなるのは嫌だと思ったし、私以外の女の子と赤葦くんが恋人になっちゃうのも嫌だと思った」
「!」
「大学生になっても、社会人になっても……おじいちゃんおばあちゃんになっても、赤葦くんと一緒にいられたらすごく幸せだと思うんだ」

キスしたいとは特別思わないけど、この先も一緒にいたいってことだろうか。そんなの俺だって同じ気持ちだ。だから俺は恋人という関係を望んだ。

「私、赤葦くんと離れたくない」

おじいちゃんおばあちゃんになってもって、つまりそういうことでいいんだよな……?いや待て、夜野田のことだからここで「ずっと親友でいて」もあり得る。早まるな。

「こんな気持ちで良かったら……彼女にしてほしい、です」
「……はああーー」

ようやく確信が持てる言葉を聞けて、ありったけの安堵の息を吐いた。安心したのに心臓はまだバクバクいっている。

「だ、だめ……?」
「ううん」

ダメなわけあるか。夜野田はいつも俺の想像の斜め上をいってくれる。

「それって、俺と結婚したいって言ってるように聞こえるんだけど逆にいいの?」
「! えっと……そうなのかな、あはは」

ああもう、意味わかって言ってんのか。俺だって夜野田との結婚は勝手に見据えている。付き合ってもいない状態でそんな重たい感情を伝えるのは控えたっていうのに、夜野田の方から言ってくれるなんて思わないじゃないか。

「真剣に考えてくれてありがとう。絶対悲しい思いはさせないから、付き合ってほしい」
「……うん!」

夜野田が笑ってくれることにこの上ない喜びを感じる。夜野田の笑顔に救われるのはこれで何回目になるだろう。この先もこの笑顔を向けてもらえるんだと思うと、何があっても大丈夫なような気がした。

「……でも、キスしたいとは思わせる」
「え……」
「ちょっと……うん、聞き捨てならなかったから」
「あ、はいッ!」

ただ、「キスしたいとは思わない」っていうのは聞き捨てならないからいつか訂正させてやろうと思う。


***(夢主視点)


「あ」
「あ……」

別に合わせたわけでもないのに階段の手前で鉢合わせした赤葦くんと並んで部活に向かう。赤葦くんと付き合うことになって昨日の今日だ。なんだか照れくさい。彼女として、どんな風に振る舞えばいいんだろう。とりあえずこれまで通りにとは思うけど、そうやって意識すると「これまで」がどんな感じだったかよくわからなくなってしまった。

「カップル様が来たぞー!」
「赤葦おめでとー!」
「……ありがとうございます」

部室の近くまで来ると既にいた先輩たちから祝福の言葉を頂いた。雪絵さんとかおりさんには相談にのってもらったから私から報告したけれど、木兎さんや木葉さんたちも知っているみたいだ。

「赤葦くんが言ったの?」
「うん……何だかんだ相談のってもらったし、報告の義務はあるかなと」
「赤葦頑張ったなぁ」
「すげー悩んでたもんなぁ」

普段からしっかりしている赤葦くんはあまり先輩を頼る機会がない。そんな赤葦くんが私とのことを先輩に相談していたんだと思うとちょっと嬉しく思った。

「多分ほとんどの人に気付かれてたと思う」
「えっ」
「夜野田以外みんな気付いてたよ」
「え!?」
「黒尾さんとか菅原さんも」

先輩たちはともかく他校の人まで……こんなにたくさんの人が気付いていて、近くにいた私自身が気付けなかったのが悔しい。

「部内恋愛はいいけど腑抜けんなよォ〜?」
「大丈夫です」

ニヤニヤしてからかってくる先輩たちに対して赤葦くんはいつものおすまし顔で対応した。私はすぐ動揺してしまうからそういうところ尊敬するし、かっこいいと思う。

「……なんか、やっぱ照れるな」
「!」

先輩たちがいなくなった後も動かない赤葦くんを見上げると、耳が赤くなっていた。赤葦くんが照れている。それを理解した途端今まで経験したことがないくらい胸がきゅんとした。赤葦くんのこんな表情が見られるのは恋人の特権だと思っていいんだろうか。

「わ、私の前では腑抜けていいからね!」
「やだよ」
「エッ」
「夜野田にはかっこいいって思ってもらいたい」
「!」

かっこいいなんて常日頃思ってるんだけど、赤葦くんの照れが私にもうつったのか伝えることができなかった。
恋人としての私と赤葦くんがどうなってしまうんだろうと怖がっていたあの時の私に教えてあげたい。私たちは大丈夫。赤葦くんが隣にいてくれたら、私は世界で一番幸せになれるんだ。



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