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3章

01


 
(木葉視点)

赤葦と夜野田が付き合うことになったのはつい3日前のこと。なんかいろいろあったみたいだけど結果的にうまくいってほっとした。今考えてみればお似合い以外の何物でもないんだからゴチャゴチャ考えずにさっさと付き合えば良かったのに。赤葦も夜野田も変に真面目なところがあるから無駄に遠回りしてた気がする。おかげでこっちが気疲れしたわ。
恋人同士になってもパッと見ふたりに変化は見られない。もうちょっと色ボケるくらいすればいいのに。最初こそ冷やかしたりもしたけど、赤葦はいつものおすまし顔で躱すものだからつまんなくてやめた。逆にコレ、変化がなさすぎて大丈夫かと思う。付き合う前にイチャつきすぎて恋人になっても新鮮味がないんじゃないだろうかという、前に俺がした心配が的中してしまったのでは。


***


「というわけで後をつけてみようと思います」
「探偵みたいだな!」
「お前ほんと静かにしてろよ、頼むから」

ちゃんと恋人っぽい雰囲気を満喫しているか、ふたりの帰り道を覗くことにした。赤葦は夜野田への気持ちを自覚してから毎日駅まで夜野田を送ってる。赤葦だって男だ。ふたりきりになればちゃんと彼氏として振る舞っていてほしい。決して面白そうだからとか、そういう理由じゃない。部活の先輩として後輩カップルがうまくいってほしいって思うのは当然だ。

「え、手ェ繋いでなくない?」
「ほんとだ!」
「何でポケットに手ェ入れてんだよ赤葦!」

彼女と一緒に帰ってるんだから手ぐらい繋げばいいのに。寒いし手袋してないし、いくらでも口実はあるじゃんか。そもそももっとくっついて歩けよ。恋人の距離じゃないだろ。

「キンチョーしてんのかなぁ」
「そうかァ?」
「赤葦も真面目だから、手を繋ぐのは2週間経ってから……とか考えてそう」
「エッチするのは結婚してからとか?」
「いつの時代の人間だよ!」

離れた距離から見守りながら勝手な想像で好き放題盛り上がっていると、急に悪寒を感じた。

「……」

赤葦がこっちを見ている。信号待ちしてる中、ジト目でこっちを睨んでいる。落ち着け、会話までは聞こえてないはずだ。

「……帰るか」
「……だな」


***(赤葦視点)


夜野田を駅まで送るのは付き合う前からやっていたけど、付き合うようになってからは部活がない日も一緒に帰るようになった。その姿を見て俺達が付き合い始めたと勘づく人達はたくさんいた。
俺の隣で今日あった出来事を楽しそうに話してくれる夜野田を見て幸せだと思う。でも、友達ではなく恋人という関係を望んだからにはただ楽しいだけじゃダメだ。夜野田に触れたい……手を繋ぎたい。先日木兎さんにも何で手を繋がないのかと不思議そうに言われてしまった。
俺は元々女子と話すことは少ないし、告白したのも付き合ったのも夜野田が初めてだ。ドラマも恋愛小説もあまり見ないから世間一般の当たり前がよくわからない。付き合う前は夜野田に意識してほしくて必死だったから、今思い返してみるとけっこう恥ずかしいことをしていたと思う。しかしいざ恋人同士になった途端、夜野田に触れようとすると身構えてしまう自分がいた。

「お腹空いたー」
「何か食ってく?」
「うん!」

どうやったら自然と手を繋げるんだろう。いきなり無言で握ったら驚かせてしまうだろうか。まだ1週間も経ってないのに早すぎるとか思われるだろうか。夜野田に嫌われたくないという思いが俺の理性を奮い立たせた。

「あ、そうだ赤葦くん手出して!」
「? うん。」
「昨日ね、テレビ見てて手のマッサージ覚えたんだ」

コンビニで買った肉まんを食べながら手を繋ぐためにはどうすればいいか、悶々と考えていた俺にそんなのは無意味だと言うように夜野田が俺の手を触ってきた。俺が難しく考えていたことをこうも簡単に解決されてしまうとは。俺がいくら考えても、夜野田や木兎さんみたいな天然には敵わないんだろう。

「ど、どうだろう……?」
「え、あ、うん」

……いや違う、これは天然じゃなくて確信犯だ。俺の手を触りながら見上げてきた夜野田の顔は赤かった。俺の自惚れでなければ夜野田も俺と手を繋ぎたいと思ってくれていて、思いついた口実がこれだったってことなんだろうか。何だそれ。夜野田のいじらしい行動を目の当たりにして、体の奥底から得体の知れないモノがこみ上げてくるのを感じた。

「……行こうか」
「……うん!」

俺の手を触る夜野田の小さな手を包み込むように握ると、夜野田は嬉しそうに笑った。ああもう、可愛すぎる。


***


「夜野田のこと名前で呼ばないの?」
「……呼びたいとは思っています」
「じゃあ呼べばいいじゃん!」
「……」

一昨日ようやく「手を繋ぐ」をクリアしたのに、木兎さんは俺に次の課題を持ってきた。本人にそのつもりはないんだろうけど。
もちろん木兎さんに言われるより前に、夜野田のことを名前で呼びたいとは思っていた。でもなかなか行動に移せないでいた。約2年間呼び慣れた名字はすっかり俺の口に馴染んでしまっていたのだ。頭の中で呼ぶだけでも緊張する。付き合う前に仕返しのつもりで1回だけ名前で呼んだことがあったけど、とてつもない衝撃だった。毎回呼ぶことになったら果たして耐えられるだろうか。

「赤葦くんって目覚ましかけてる?」
「うん」
「私5分おきに4回かけてるんだけどね……」

こういうのってちゃんと「名前で呼んでいい?」って確認した方がいいんだろうか。付き合うことになってすぐ言っておけば良かったかな。いや、今更後悔しても遅い。
例えば今ここで俺がいきなり名前で呼んだら夜野田はどんな反応をするだろう。喜んでくれるだろうか。照れてくれるだろうか。嫌がることはない……と思う。

「ねえ赤葦くん聞いて……」
「梢」
「!?」
「って、呼びたいんだけど……」

覚悟を決めて呼んでみたはいいものの、すごく変なタイミングになってしまった。さっきまで饒舌に喋っていた夜野田の動きがピタリと止まって何とも言えない空気が漂う。

「う、うん!私も……あの、京治くんって呼ぶね」
「……うん」

夜野田……いや、梢は俺の予想通り照れたようにはにかんで受け入れてくれた。勇気を出して伝えて良かった。

「な、なんか名前呼びって照れちゃうね」
「うん」
「家で練習してくるね」
「はは、本人を前に練習してよ」
「ご、ごもっとも!」

「梢」と呼ぶのも「京治くん」と呼ばれるのも、いつかは慣れて当たり前になる日がくるんだろう。それでも恋人として一歩前進した今日のことは忘れたくないと思った。



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