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2章

06


 
夏休み後半には5日間の長期で合同合宿が行われる。今年の会場は森然高校だ。埼玉とはいえそこまで遠くないから、学校の最寄り駅に集合してみんなで電車に乗って向かうことになっている。

「おはよう赤葦くん」
「おはよう」

俺が到着した時には既に大半の部員が集まっていた。真っ先に目に入ったのは大きな荷物を持った夜野田だった。なんだかいつもと雰囲気が違う気がする。

「……髪縛ってるの珍しいね」
「うん、日焼けでヒリヒリしちゃって」

この前のプールの時も思ったけど、夜野田が髪を纏めるのは珍しいから新鮮だ。普段見えない首元が見えるからだろうか。見下ろすと確かに赤くなっていた。

「赤葦くんもちょっと焼けたね」
「そうかな」
「ふふ、鼻ちょっと赤いよ」
「……」

夜野田に軽く鼻をつつかれて笑われた。そう言う夜野田も鼻とかおでことか赤くなっていて可愛い。

「俺も日焼けしたー!」
「わ、本当ですね」

木兎さんが会話に入ってきてハッと我に返った。俺は今、いったいどんな表情で夜野田のことを見ていただろう。自分の表情筋がどう動いていたか全く思い出せない。

「よーしみんないるなー」
「「「アーイ」」」
「はぐれるなよー、木兎」
「名指し!」

そうこうしているうちに全員集まったみたいだ。監督の引率にぞろぞろとついていく。そういえば夜野田は電車に乗ること、もう大丈夫なんだろうか。

「夜野田」
「何?」
「……何でもない」

顔を見る限り平気そうだ。まあ……俺が傍にいるから問題ない。


***


インターハイを終えてから初めての合宿は雰囲気が少し違う。今年から参加している烏野高校を含め、他の学校も3年生は春高まで残るみたいだ。

「なんかお前ら全体的に焼けてね?」
「一昨日プール行ってきた!」
「え、マネージャーも?」
「はい」
「うわー、むかつくー」

一緒のテーブルで昼食をとっていた黒尾さんに聞かれて木兎さんと夜野田が素直に答えると、黒尾さんは笑顔で悪態をついてきた。

「夜野田ちゃん何色の水着?」
「黒尾さん……」
「え、水着の色聞いただけでそんな目で見られんの? いいじゃん想像くらいさせてよ」

水着の色を聞かれて夜野田が嫌な気分にならないか心配したけど大丈夫そうだ。俺が過剰に心配しすぎなんだろうか。いやでも二言目の「想像させて」っていうのはアウトなんじゃないのか。

「白に、黒いラインが入った感じのやつです」
「へーーえ」
「俺、夜野田は青とか水色着てくると思ってた!」

あの日夜野田が着ていたのは白に黒のラインが入った水着だった。似合ってたけど、俺もまさか白だとは思わなかった。

「何でその色にしたか当ててあげよーか?」
「えっ……」
「?」
「私にだけ聞こえるようにお願いします」
「クイズ番組か」

何で黒尾さんにそんなことがわかるんだ。そもそも水着を選ぶ時にそんな明確な理由があるものなんだろうか。俺たちに聞かれるのが嫌なのか、夜野田が耳打ちを要求したために向かいの席に座る黒尾さんが身を乗り出して夜野田に顔を近づけた。その姿を見て少し嫌だと思った。

「せ、正解です」
「ウェーイ」
「えーー!何でそんなことわかるんだよー!」
「むしろ何でお前らがわかんねーんだよ」
「?」
「も、もうこの話はいいじゃないですか!次は木兎さんの水着の色を当ててください」
「うん、微塵も興味ない」
「何だとー!?」

夜野田に関することに限って、黒尾さんにわかって俺がわからないのは嫌だ。「何で俺達がわからないのか」という黒尾さんの言葉から、もしかしたら水着の色は俺達に縁があるのかもしれない。俺達の身近で白色のものと言ったら……

「もしかして、うちのユニフォームに合わせた……?」
「!!」

白に黒のラインっていったらもうそれしか思いつかない。動揺して頑なに目を合わせようとしない夜野田の反応を見る限り図星みたいだ。顔を真っ赤にして頷いた夜野田はなんていうか……

「夜野田可愛いことすんなあーー!」
「可愛くないです気持ち悪くてごめんなさい……」

そう、可愛かった。木兎さんもそう思ったのだからこれはバレー部員として普通の感情だ。


***(木葉視点)


「俺すごいことに気付いちゃったかも……!」
「へー」
「赤葦、夜野田のこと好きなんじゃねーかな!?」

木兎が世紀の大発見かのようなテンションで言ってきたのは今更すぎることだった。そんなのバレー部員だったら誰でも一度は考えたことがあるであろうことだ。そしてその推測が真っ向から平然と否定されるところまでセットである。

「好きだったらもっと前にどうこうなってんじゃね?」

夜野田と赤葦の関係は傍から見て恋人のようにしか見えねーけど、これだけ周りに囃し立てられても何一つ進展はない。恋愛に発展するチャンスなんて今までいくらでもあった。散々フラグをへし折ってきたんだ、ふたりの関係はこのまま変わらないと思うけどな。

「赤葦、夜野田とよく一緒にいるし……」
「前からじゃん」
「夜野田の前だとよく笑うし……」
「前からだな」
「夜野田を見る目が優しい気がする!」
「前からだねー」

俺達の反応に木兎は不服そうだけど、今更すぎるんだよなぁ。まあ気持ちはわかる。よく一緒にいたり笑顔が多かったり優しい目で見つめたり、こんなの普通好きのサイン以外の何でもねーよな。でもアイツらは違うんだ……変なんだよ。

「あ、赤葦ー!」
「?」
「赤葦って夜野田のこと好きなの?」

風呂から戻ってきた赤葦に何の脈絡もデリカシーの欠片もなく木兎が聞いた。赤葦もこの手の質問は色んな人にされてもう慣れているんだろう、このおすまし顔である。

「好きです。人として」

ほら、もう平然と「好き」って言えるレベルになってる。友達だとしても普通異性に「好き」とか言えないだろ。

「えーー」
「愛情にはいろいろあるんだよ」

赤葦と夜野田にそういうことを期待するだけ無駄なのは去年からわかっていたことだ。


***(赤葦視点)


5日間の合宿の最終日にはバーベキューをやるのが恒例だ。俺は木兎さんに容赦なく乗せられた肉を一枚ずつ食べながら、視線は夜野田を探していた。マネージャーのところにはいない。

「スガさんこれ美味しいです!」
「だべー?」

声を辿ると烏野のセッター、菅原さんのところにいた。そういえば前回の合宿で、菅原さんも辛いものが好きだと知って意気投合していた。どうやらふたりとも辛い調味料を持ち寄って食事を楽しんでいるようだ。ふたりの皿の上の肉がなんか赤い。その様子をぼんやりと見ていたら夜野田と目が合って、にっこり笑われた。

「赤葦くんも食べてみて!」
「……それ常人が食べられるやつ?」
「大丈夫だよー」
「え、俺ら常人じゃないの」
「変態らしいです」
「あはは、間違ってはないな!」

合宿中視界に入った菅原さんを見る限り、気さくで爽やかな印象がある。チームメイトはもちろん、他校の人とも積極的にコミュニケーションをとってる姿を度々目撃した。

「私スガさんのおかげで柚子胡椒に目覚めそうです……!」
「美味しいです」
「いっぱい食べろよー」

幸い勧められた肉は柚子胡椒で味付けされていて、少しピリっとするだけでさっぱりして美味しかった。

「そうだ、スガさん連絡先教えてください」
「おー、いいよー」
「次回何持ってくるか相談しましょう!」
「うん」
「……」

連絡先の交換なんて別によくあることなのに、お互いのスマホを覗き込んで操作をするふたりを見たくないと思った。俺以外の男の人と仲良くしてるとこなんて見たくない……こんなの嫉妬以外の何でもない。友達という立場で「他の男と仲良くしないでほしい」と言えるわけがなかった。夜野田とこの先もずっと一緒にいたいと思うなら、友人という関係性では限界がある。
俺は夜野田を彼女にしたいんだろうか。そもそも彼女って何だ。「付き合いたい」と「一緒にいたい」は同じことなのか……すぐには答えを出せそうになかった。



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