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2章

05


 
新体制で挑んだインターハイ、私たち梟谷は準決勝で敗れてベスト4に終わった。全国ベスト4と聞くと華々しい結果のように思えるけれど、選手のみんなが両手を上げて喜ぶことはなかった。

「木兎調子悪かったなー」
「うっ……」
「俺達は調子良かったんだけどなー」
「ぐぐ……」
「相手のブロックが見事でしたね」

かといって涙を流して悔しがるというわけでもなかった。冷静に試合でのプレーを反芻して次に活かそうとするその姿勢はとてもかっこいいと思う。

「春高は全部勝つぞ!!」
「おー」
「今日ラーメン食いに行こーぜ」

私たちの目標は日本一。次のチャンスは春高だ。そしてその春高で、3年生は引退してしまう。まだ時間はあると思って日々楽しく過ごしてきたけれど、気が付けば先輩たちと一緒に部活が出来るのはあと半年になっていた。先輩たちがいない部活を想像して、少しゾッとした。強くて頼りになる3年生が引退した後、1年生は私たちについてきてくれるだろうか。私はマネージャーとして、みんなの支えになれるだろうか。

「夜野田今何考えてる?」
「え……」

そんなことを考えていたら木兎さんに声をかけられた。普段賑やかな木兎さんは、たまに静かな表情をする時がある。まん丸の澄んだ瞳にまっすぐと見つめられたら下手な嘘は通用しないと思わされた。

「春高が最後なんだな……って……」
「それで?」
「……先輩達が、引退しちゃう」
「するなー」
「1月まで部活やってんのかー」
「俺大学行けるかな……」

口に出すと更に現実味を増して私の心を圧迫した。今までどれだけ先輩たちを頼りにしてきたかを思い知らされる。

「俺達が引退するの寂しい?」
「……」

木兎さんの質問に私は何度も頷いた。声を出したら涙が出てしまいそうだった。

「そりゃ俺だって、来年もこいつらとバレーできたら楽しいなーって思うけどさ」
「そしたらみんな留年だねー」
「留年はしたくねぇな」
「これが最後だから、とかそんな思いで応援してほしくない」
「!」
「"今"の俺達を見て」

木兎さんの真剣な表情に息を呑む。わかっている。今まで私が感じている漠然とした不安感は自分本位のものだ。自分に自信がないから怖くなる。こんな気持ちで先輩たちと同じチームだなんて、胸を張って言えるわけがない。

「言いたいことはわかるけどお前は圧がすごいんだよ」
「夜野田ごめんねー」
「い、いえ!」

たった1年の差なはずなのに、先輩たちはとんでもなく大人でかっこいい。まだまだ子供な私は、頭ではわかっていても感情がついてこなかった。

「さ……」
「?」
「寂しいぃ……!」
「「「!?」」」

不安なのはもちろんだけど、それ以上に寂しい。先輩たちと別れたくない。幼稚で、とても単純な気持ちだった。口に出した瞬間、堪えていた涙がブワっと溢れてきた。

「夜野田!?」
「どっ、どどどうした!?」
「卒業しないでください……」
「いやー、それは無理かなー……」
「な、泣くな夜野田!」

一度決壊したダムはもう修復不可能で、私は子供みたいに泣いて先輩たちを困らせてしまった。泣いたってどうにもならないことだってわかってるのに。涙を止められない自分が情けなくて恥ずかしい。

「ちょっと男子どいてどいて〜」
「雪絵さんかおりさん……!」

そんなところに雪絵さんとかおりさんの姿を見つけて、私は本能のままに抱き着いた。

「女の子が泣いてたら黙って胸を貸すものよ……」
「「「おおお……!」」」

大好きな先輩ふたりの匂いと柔らかい感触を感じて、少しずつ落ち着いてきた。

「よしよし」
「梢ちゃんなら大丈夫だよ」
「ぐすっ……はい……」

きっと雪絵さんとかおりさんは、マネージャーがひとりになることに対しての不安も見透かしている。「大丈夫」という言葉と背中を擦ってくれる手がとても優しくて、また涙が出てきた。
今日は先輩達に甘えて思い切り泣こう。バスに乗ったらリセットして、明日からまた一日一日大事に、みんなのサポートをしていくんだ。

「夜野田」
「赤葦くん……」
「俺もついてるから、大丈夫」
「う……うわあああん」
「オイ赤葦!夜野田泣かすなよ!」
「そんなつもりじゃ……」


***


「海に行こう!!」
「は?」
「何だいきなり」

インターハイを終えて残りの夏休みを満喫しつつも、完全に部活が休みになるわけではない。輪になって昼食を食べている最中に木兎が叫んで、部員たちは動きを止めた。

「夜野田が寂しがってるから思い出いっぱい作っとこうと思ってさ!」
「木兎さん……!」

先日のインターハイで敗けた後、夜野田が号泣したのはなかなかインパクトのある事件だった。木兎なりに後輩のことを思っていろいろと考えた結果、一緒に海に行って思い出を作ろうという結論に至ったようだ。他のメンバーも特に否定する理由はない。海といえば水着。気になるのはマネージャー達の反応だった。

「海よりプールの方がよくないー?」
「私砂くっつくの嫌なんだよね」
「ウォータースライダーやりたいです!」
「じゃあプール!」

マネージャーの意見はすぐに反映されて海ではなくプールになった。正直木兎を含めた男子勢はマネージャーの水着姿が見られればどこでも良かったのだ。


***


「プールだ!!」

木兎の提案からわずか3日後。マネージャーを含めた梟谷学園バレー部員たちは都内でも有名なウォーターパークにやってきた。

「流れるプールある〜」
「私浮き輪持ってきたんです!」
「ちょっとそれ空気足りてないでしょ。貸しなさい」

大きなウォータースライダーに目を輝かせると同時に、男子勢の視線はどうしてもマネージャーの方へ向いてしまった。下心がないといえば嘘になる。夏休み中も毎日のように汗だくで練習してきた男子達にとって、女子の水着姿なんてこの上ないご褒美だ。それが普段親しんでいるマネージャーだとしても十分に胸が騒いだ。

「やっぱり木兎って一周回って天才なのかも……」
「俺は木兎に感謝する」
「夏の思い出をありがとう」

今のこの状況は木兎の提案がなければ生まれなかった。いやらしさを感じさせない木兎だったからこそ、警戒されることなく話が進んだのかもしれない。木葉達は木兎に心から感謝した。

「夜野田って貧乳かと思ってたけどそうでもないな!」
「お前は本当デリカシーないよね」
「赤葦もそう思わない?」
「てか赤葦そういうの興味あんの?」

普段のTシャツ姿とは違って水着は体を隠す布面積が少ないために体型がはっきりわかる。いつもストンとしてる夜野田の胸元が気になったのは木兎だけではなかった。
友人として仲が良い赤葦にそんなことを聞くなんてデリカシーがないとは思ったが、実際ポーカーフェイスの後輩が女子の水着姿をどう思ってるのかは誰もが気になった。

「……胸はあのくらいだと思っていました」
「まさかのマジレス」
「でもちょっと安心した」

思いのほかしっかりした感想が返ってきて木葉達は怯む反面、赤葦も健全な男子であることが確認できて安心した。
胸に関しては以前ふたり乗りをした時に背中で感触を実感していたからある程度の想像はついていたようだ。それよりも赤葦が考えていたのは肌が綺麗だとかポニーテールが新鮮だとか、そんなことだったのだが口に出すことはなかった。

「赤葦くん!」
「「「!!」」」

そんな話題で盛り上がってたところに夜野田が駆け寄ってきた。その無邪気な笑顔を見る限り会話の内容は聞かれていないようだが、邪なことを考えていたことが申し訳なくなった。

「流れるプール行こ!」
「うん」

浮き輪を持った夜野田が赤葦の手を引っ張っていくのを木葉たちは菩薩顔で見送った。

「……ウォータースライダー行くか」
「おー」

この場を離れたのは、もはや恋人同士にしか見えない後輩たちをこれ以上視界に入れたくなかったからだった。



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