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2章

03


 
夏休み中の電車は学校がある時と比べて空いている。私の最寄り駅からだと椅子に座れる程だったのに、何故か今日は平日の通勤通学ラッシュ並に混んでいる。どうやら近くで人気アイドルのイベントがあるらしい。最初は出口近くの手すりに捕まっていた私は、各駅で人が乗ってくる度に内側へと流されてしまった。こんな状態で降りられるかな。

「……!」

吊革に掴まって窓に流れていく景色をぼんやり眺めていたら、お尻に何かが触れるのを感じた。一瞬身構えたけど、電車が揺れたタイミングで鞄が当たっちゃったりするのはよくあることだ。

「……」

でも、その後も何回かお尻に何かが当たる感触が続いた。まさかとは思いながら我慢していると「当たる」感触は段々と「触る」感触に変化してきた。
もしかして、痴漢なのでは……?そう思った途端に恐怖が押し寄せてきた。逃げようにもぎゅうぎゅう詰めで身動きがとれない。後ろを振り向くこともできないから一体どんな人が犯人なのかもわからない。周りの人はスマホを見てたり寝ていたりで痴漢に気付いている人は見当たらない。
痴漢に遭ったら声を出して周りの人に助けを求めましょうって学校で習ったけど、実際のところ怖くて声なんて出せなかった。

「!?」
「証拠あるんで、次の駅で降りてもらえますか」
「さ、佐久早くん……!」

ぎゅっと目を瞑って涙を抑え込む私を助けてくれたのは佐久早くんだった。


***


「……ぐすっ」
「……」

佐久早くんのおかげで痴漢の人は警察に連れていかれて、私と佐久早くんもようやく聴取から解放されたけど私は駅のベンチから動けないでいた。怖かった。もう終わったことなのに、涙が止まらない。

「ごめんね佐久早くん……部活だったよね……」
「別に」

多分佐久早くんも部活に向かう途中だったはずだ。もう11時を過ぎてしまった。佐久早くんの部活の時間を削ってしまって申し訳ないし、泣き止むことができない自分が恥ずかしくて情けない。こんなんじゃ佐久早くんも困ってしまう。わかってはいても、やっぱり涙を止めることはできなかった。

「佐久早くんがいてくれて本当に良かった……」
「……そういうのいいよ」
「でも本当に助かった。ありがとう」
「……」

佐久早くんにはいくらお礼を言っても足りない。佐久早くんがいなかったら、私はどうすることもできずに恐怖に耐えるしかなかった。

「……これやる」
「えっ……い、いいよ!」
「いいから」

涙でグシャグシャになった私のタオルハンカチを見かねて、佐久早くんはエナメルバックから白いタオルを出して私にくれた。こんなに綺麗なタオルを私の涙で汚してしまうのは申し訳ない。返そうとしても佐久早くんは受け取ってくれなかった。

「ありがとう……洗って返すね」
「いい。人の菌付いたのはいらない」
「えっ、あ、うん」

じゃあこのタオルどうすればいいの。聞く前に佐久早くんは行ってしまった。


***(赤葦視点)


「夜野田おはよう」
「おはよう、赤葦くん」
「体調はもう大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

昨日夜野田が体調不良で部活を休んで珍しいなと思った。休むことじゃなくて、連絡がギリギリになったことに違和感を感じた。

「自転車で来るの珍しいね」
「あ……うん。夏休みは自転車にしようかなって」
「……」

何だろう、体調はもう戻ったんだろうけどどこか元気がないような気がする。何気ない会話をしてる最中も夜野田はどこか上の空だった。

「……何かあった?」
「え?」
「元気ないと思って」
「……大丈夫だよ、ありがとう」

嘘だ。顔が大丈夫じゃない。夜野田が嘘をつく時の表情や雰囲気は理解しているつもりだ。俺には言えないことなんだろうか。

「前に夜野田さ、俺に弱音吐いていいって言ってくれたよね。俺の力になりたいって」
「……うん」
「俺も同じ気持ちだよ」
「!」

夜野田は俺が副主将になった時、自分にだけは弱みを見せてほしいと言ってきた。2年で副主将を任されることにプレッシャーがあったのは事実だし、実際俺は夜野田のその言葉に救われた。

「俺も夜野田の力になりたい。俺じゃ頼りない?」
「ううん!全然っ、そんなことない!」

少しズルい言い方をしてしまったのは、夜野田に隠し事をされるのが嫌だと思ったからだ。俺に頼れって言うんだったら夜野田も俺を頼ってほしい。

「他の人には言わないでほしいんだけど……」
「うん」
「昨日……実はね、痴漢に遭って……」
「……え!?」

夜野田が口を開いて、ようやく言いたくなかった理由がわかった。俺は馬鹿だ。夜野田に隠し事をしてほしくないという小さなプライドのために、言いにくいことを言わせてしまった。

「ごめん……言いにくいこと言わせた」
「う、ううんいいの!佐久早くんが現行犯で捕まえてくれたし……」
「え、何で佐久早?」
「乗る電車同じなんだ」

思わぬ登場人物に戸惑った。佐久早と知り合いで乗る電車が同じだなんて今初めて聞いた。俺がその場にいたら助けられたのに。いや、変な対抗心を燃やす必要はない。むしろ佐久早がいてくれたことに感謝しなければ。

「ちょっとしばらくは電車乗るの怖いから、夏休みの部活は自転車で来ることにした」
「……そっか」

苦笑して話す夜野田を見て心が痛んだ。つい先日、夜野田には笑っていてほしいと思ったばかりなのに。

「赤葦くんに話したらなんかスッキリした。ありがとう」

夜野田のこんな顔はもう見たくない。他の誰でもない俺が、護ってあげたいと思った。



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