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2章

02


 
「大したことなくて良かったね」
「……うん」

怪我をしてしまった。練習試合でボールに飛び込んだ時に手首を軽く捻って、捻挫とまではいかないけれど念のため2週間くらいは安静にしておいた方が良いと言われた。
副主将を任されてセッターとしても正式に使ってもらえることになった、この大事なタイミングで怪我をするなんて……何をしてるんだ俺は。意識していたら避けられた怪我だ。情けない。

「……はあ」
「……」

溜息をつく俺に、夜野田は何故かそわそわとした視線を向けてきた。人が落ち込んでる時に一体何を考えてるんだか。

「……何?」
「今こそ弱音を吐く時だよ、赤葦くん!」
「……」

そういえば、春高が終わった後にそんなことを言われたな。夜野田は俺の力になりたいと言ってくれた。自分だけには弱音を吐いていいんだ、と。

「気持ちだけで十分だよ」
「十分じゃないよ!」
「今回の怪我は俺の不注意。しちゃったもんは仕方ないからインターハイまで出来ることをやるよ」
「自己完結しないでよー……」

厚意はありがたいけど、俺の中ではもう完結している。ボールを触れなくても基礎体力づくりとか筋力トレーニングとか、やれることはいくらでもある。木兎さんにももっと筋肉つけろと言われてるし、2週間は体づくりをしていこうと思っている。幸い明日からテスト週間で部活はないから、そこまで迷惑をかけることもないだろう。

「不服?」
「不服です」
「じゃあ、ちょうどテスト週間だし……」
「わ、私赤葦くんに勉強なんて教えられないよ!?」
「そうじゃなくて。朝一緒に行かない?」
「なるほど、荷物持ちだね!」
「荷物は持たなくていいよ」
「?」

怪我をした俺のために何かをしたいって言ってくれるんだったら、一緒にいてくれるだけで十分だ。……流石にそんなこと口には出せないけど。

「俺にも夜野田タイムが必要みたい」
「!」
「……」
「うん……うんっ!」

結局恥ずかしいことを言ってしまったけど、夜野田が嬉しそうに何度も頷いてくれるものだから羞恥心はすぐに消え去った。


***


「アイス食わない?」
「食べる!」

怪我をした俺に対していろいろ気を遣ってくれたお礼として、テスト最終日の帰りに夜野田にアイスを奢ることにした。コンビニに入ってからお洒落なお店の方が良かったかと思ったけど、夜野田が真剣に選んでるのを見ていらない心配だったと理解した。

「私よくここで遊んでたんだー」
「俺も来たことあるよ」
「あそこのね、ブランコがお気に入りだった!」
「へえ」

食べ歩きが上手にできないというよくわからない意見を聞いて近くの公園のベンチに座って食べることにした。ここら辺で一番大きな公園で、親子が遊具で遊んだりご年配の人がウォーキングをしていたりと、人が多い。うちの生徒もチラホラいる。またこんなとこを見られたら付き合ってると勘違いされるだろうな。わかっててもやめようとは思わないけど。

「……」
「……?」

俺達が座るベンチの前を小さな女の子が通りかかって、そのままこちらをじっと見てきた。近くに親の姿はなく、泣くでも笑うでもなくただただこっちを見てくる。

「こんにちは。お母さんは?」
「……」

子供特有の真っすぐな視線に居心地の悪さを感じる俺に対して、夜野田は女の子の目線にしゃがみこんでにこにこと話しかけた。夜野田の問いかけに女の子は首を横に振った。お母さんがいないってことは迷子だろうか。

「じゃあ一緒に探そうか」
「……」

泣いてはいないものの不安で仕方がないということは見て窺えた。そんな女の子に対して夜野田は落ち着いて対応してる。少し意外だった。夜野田の性格からして「どうしよう」って狼狽えるのかと思った。

「お名前言える?」
「……」
「お母さん何色の服着てたかな?」
「……きいろ」
「そっかー。どこにいるかなあ」

不安と緊張のせいかあまり口を開かない女の子に対して、夜野田の態度は一貫して落ち着いていた。確かに子供目線で考えた時、不安な時にこうやって通り落ち着いて接してもらえた方が安心するのかもしれない。
捜している間も「何して遊んでたの?」とか「滑り台とブランコどっちが好き?」など声をかけていて、女の子もそれに答えて少しずつ心を開いてきているのがわかった。ちなみに俺の方は頑なに見てくれない。

「……だっこ」
「え……」

急に女の子が立ち止まったかと思うと、夜野田に向かって両手を広げて抱っこを要求した。歩き疲れてしまったんだろうか。さすがに他人の子供を抱っこするのはこのご時世抵抗があるだろうし、夜野田の筋肉量では心許ない気がする。

「俺がしようか?」
「!」

2歳くらいの女の子といってもそれなりに力がいるだろうと思って、俺が抱っこしようかと提案したら女の子に全力で首を振られた。

「あはは!お姉ちゃんが抱っこするよー」
「……」
「お母さん見つけたら教えてね」
「うん」

俺は子供には好かれないみたいだ。


***


その後10分もしないうちに女の子の親は見つかった。お礼にシュークリームを貰ったからもう少しベンチに座って公園に留まることにした。

「子供の扱い慣れてるね」
「いとこの子供がさ、2歳なんだ」
「ふーん」
「……ふふっ」
「ん?」
「子供に怖がられる赤葦くん、面白かったな」
「……」

小馬鹿にするように笑われたけど何も反論はできなかった。

「夜野田は……」
「?」
「……何でもない」
「何それ気になる!」

"夜野田はいいお母さんになるだろうね"……別に口に出しても問題はなかったんだろうけど、変に意識してしまった自分がブレーキをかけた。将来結婚して、子供ができて、夜野田は幸せな家庭を築いていくんだろう。その隣に自分の姿を想像してしまったことが申し訳なかった。


***(水田視点)


「やっぱ赤葦と夜野田さん付き合ってんじゃね?昨日一緒に公園でデートしてるの見たもん」

同じ部活の友人に朝一でそんなことを言われて、朝からずっとモヤモヤしている。赤葦は夜野田さんとは付き合っていないとハッキリ言ったし、夜野田さんと俺に接点ができるようにフォローしてくれたこともあった。
もし友人の言ってることが本当だとしたら、俺は赤葦に騙されていたということだろうか。いや、赤葦はそんなことをするような奴じゃない。でも、真意は確かめておきたかった。

「俺に気を遣わなくていいから教えてほしいんだけど、本当に夜野田さんと付き合ってるわけじゃないんだよな?」
「……」

赤葦とは友人としてこれからも仲良くしていきたいと思っている。こんな疑念を持ったままでいるのは嫌だ。

「付き合ってはないよ」
「……そうか」

赤葦の答えは前と変わらなかった。表情が読めない奴だけど嘘はついていないと思う。俺は安心すると同時に、前とは違う雰囲気を赤葦の言葉から読み取ってしまった。

「けど……ごめん、もう協力はできないと思う」
「!」
「夜野田に彼氏できるの、嫌みたい」
「それって……」
「……本当にごめん」
「いや……まあ、なくはないと思ってたから」

だよなあ……あれだけ一緒にいて好きじゃないわけないよなあ。可能性は大いにあり得るとは思っていたものの、いざ現実を突きつけられるとどうしても俺の勝ち目の無さが浮き彫りになってショックを受けた。

「自分でもよくわからないんだけど……」
「え、好きなんだろ?」
「付き合いたいというか…… 夜野田の一番は俺でありたいって、思う」
「……それって好きじゃん」
「そうなのかな」
「はは、赤葦ってけっこー変な奴だよな」

真顔でクサいことを言ってしまう赤葦は結構変な奴だ。誰かの一番でありたいなんて、愛情以外の何があるっていうんだ。きっと長く一緒にいすぎて感覚がマヒしちゃったんだろうなあ。
手強すぎるライバルの存在が確定したというのに、俺はそこまで焦りや怒りを感じなかった。むしろ友人として、素直な気持ちを打ち明けてくれたのが嬉しかった。

「協力はできないけど邪魔するつもりはないから」
「おう。俺は俺なりに頑張るよ」



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