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- ナノ -

2章

01


 
(尾長視点)

志望していた梟谷学園から推薦をもらえて、俺は迷わず入学を決意した。もちろんバレー部に入部して、最近では憧れの先輩達と一緒に練習させてもらっている。ハードだけど楽しいと思えるのは先輩達のおかげだ。ここに来れて本当に良かった。

「夜野田、昨日の試合のスコア見せて」
「アーイ」
「何それ」
「ふふふ、先輩達の真似!」
「似合わないよ」

ミニゲームの準備をしている時に赤葦さんと夜野田さんの会話が耳に入ってきた。副主将とマネージャー……話す機会はたくさんあるんだろうけど、それにしても一緒にいることが多いと思っていた。今もなんか、距離が近い気がしてついつい視線を向けてしまう。

「なんか赤葦と夜野田、熟年夫婦感に磨きがかかってきたなぁ」
「!」

ボソッと猿杙さんが呟いた。やっぱり、赤葦さんと夜野田さんは部活公認のカップルということだろうか。

「あ、あのふたりってやっぱり……」
「あー、付き合ってないよ」
「エッ」
「やっぱそう見えるよなー」
「親友なんだってさ」
「はあ……」

付き合ってはいないのか。どちらかが好き、とかでもなさそうだ。まだ先輩たちがどういう人かはわからないけど、赤葦さんはあまり表情を変えない人だと思う。そんな赤葦さんが夜野田さんと話してる時は表情が柔らかいように見えるのは、気のせいじゃないと思う。

「でも……お似合いですね」
「期待するだけ無駄だからやめときなさい」
「今まで何回フラグをへし折られたことか」
「それなー」

男女が恋愛感情抜きで仲良くできるっていうのもいいことだと思う反面、お似合いだから付き合えばいいのにと、ふたりのことをよく知らないのに思ってしまった。


***(赤葦視点)


「赤葦って夜野田さんと付き合ってんの?」
「付き合ってないけど」

もう何回目かわからない質問に答える。聞いてきたのは今年同じクラスになった水田だった。ちなみに夜野田は別のクラスだ。

「そっか良かったー」
「?」

いつもと違う反応が引っかかった。大体この質問に答えると「嘘だろ」とか「付き合えよ」とかいう反応が返ってくるのに、水田は安心したように息をついた。

「夜野田さん彼氏いないよな?」
「多分いないと思うけど……好きなの?」
「……うん」

彼氏の有無を聞かれてすぐにその理由には察しがついた。でも水田と夜野田は同じクラスになったことはないはずだ。何で夜野田のことを知ってるんだろう。

「委員会同じなんだけどさ、すげーいい子だよな」

夜野田は今年美化委員になったと言っていた。委員会で知り合ったのか。確かに夜野田は性格が良い。1年間同じクラスと部活で過ごして、他の人より夜野田のことはわかってるつもりだ。他の男子から見ても夜野田は魅力的な女の子なんだな。親友として喜ぶべきなのに、何故かその時の俺は嬉しいとは思わなかった。


***


「……!」

数日後の休み時間、トイレから戻ると教室の前で雑談をする水田と夜野田がいた。あれから話は聞かなかったけど仲良くなったようで、ふたりともにこにこして楽しそうだ。

「あ、赤葦くん」
「!」

そのままスルーして教室に入ろうとした俺に夜野田が気付いて駆け寄ってきた。会話の邪魔をしてしまった。水田に悪いことしたな。

「ライン見た?」
「……見てない」
「そうだと思った。あのさ、数学の教科書貸してくれないかな?」

そういえば朝からスマホを見ていなかった。ラインで連絡を入れたけど返事がないから直接借りに来たのかな。そこで水田が話しかけたってとこか。俺は「いいよ」と出そうになった言葉を飲み込んだ。

「ごめん、俺も今日忘れたから水田に借りて」
「!」
「そっか……水田くんいい?」
「うん!全然!ちょっと待ってて!」

教科書を取りに教室へ戻る水田にすれ違いざま小声で「ありがとう」と言われた。友人の恋愛のフォローなんて自分でもガラじゃないと思う。変な感じがする。

「赤葦くんでも忘れ物するんだね」
「……そりゃするよ」

水田はいい奴だと思う。夜野田は水田のこと、どう思ってるんだろう。気になったけど聞く勇気はなかった。もしふたりがうまくいって付き合うことになった時、俺は心から祝福できるだろうか。想像しただけでモヤモヤした。ヤキモチってやつだろうか。かと言って俺自身が夜野田とどうこうなりたいっていうわけではない。

「赤葦くん!」
「おはよう夜野田」

男女の友情の難しさについて考えながら登校していると、夜野田が小走りで来て俺の隣に並んだ。

「何?」
「え? 別に用はないけど……一緒に行こうよ」
「うん」

夜野田とは今年はクラスが離れてしまって、1年の時と比べて夜野田と話す時間は減っていた。こうやってふたりだけでどうでもいいことを話すのは久しぶりだ。

「なんかこうやって赤葦くんと話すの久しぶりだね」
「……そうだね」

夜野田も俺と同じことを考えていたことが嬉しいと思うと同時になんだか照れ臭かった。こうやって夜野田とふたりで登校しているのを水田が見たら、気分を悪くしてしまうだろうか。水田の心情と夜野田との時間を天秤にかけて、あっさり夜野田をとってしまう俺は薄情な奴なのかもしれない。

「んーー……」
「ん?」
「やっぱり私には赤葦くんタイムが必要みたい」
「は?」
「赤葦くんと話すとなんかスッキリするんだよね。脳活で目覚めスッキリ、みたいな!」
「……はは、何だそれ」

俺との会話が脳活になるってことだろうか。たまに夜野田は変なことを言うから面白い。
夜野田と話すとスッキリするっていうのは俺も同じだ。スッキリするのは頭ではなくて気持ちだけど。夜野田の気の抜けた笑顔は俺の雑念とかストレスを浄化してくれる。思っていたよりもずっと、夜野田は俺にとって大事な存在になっていたみたいだ。男女のアレコレは抜きにして、俺は人として夜野田が好きだ。大事な人の興味が別のところにいってしまう……それが怖くて、俺は水田を心から応援できないんだろう。

「……俺も幼稚だな」
「え? そんなこと言ったら私赤ん坊だよ」



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