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1章

09


 
「夜野田?」
「!?」

部活帰りに校門付近でウロウロする夜野田を見つけて声をかけた。マネージャーはもう帰ったと思っていたのに、ひとりで何してるんだろう。

「どうしたの?」
「て、定期……なくしちゃった……」
「エッ」

深刻な顔をしてるから何かと思えば本当に深刻な問題だった。夜野田は電車通学だ。普通定期券って半年分とか1年分で買うから、なくして「まあいいや」で済ませられる物ではない。

「教室さっき見たけど、なくて……」
「マジか」
「どうしよう……学校の外で落としちゃったのかな……」

学校で落としたならまだ希望があるけど、外だとしたらすぐには見つからないだろう。

「とりあえず今日は遅いから帰ろう。送ってく」
「でも……」
「今焦っても仕方ないだろ?」
「……うん」

焦る夜野田を落ち着かせる。今日はもう遅いし焦った状態で探しても見つかるものも見つからない。とりあえず今日は帰って、明日改めて駅や通学路を探した方が得策だ。

「ふたり乗り平気?」
「したことない……出来るかな……」
「落ちはしないでしょ」
「た、多分」

そういう俺も後ろに人を乗せて自転車を漕ぐのは初めてだけど、まあ振り落とすようなことはないだろう。夜野田はぎこちない動作で後ろに乗り、荷台部分をぎゅっと掴んだ。俺の体に捕まればいいのに。流石に気にするのかな。まあいいや。

「あ、赤葦くん!思ってたより、ふたり乗り怖い……!」
「曲がるよ」
「ファ!?」

夜野田を後ろに乗せて自転車を漕ぎ出してすぐ、何か言ってきたけど聞こえないフリをした。全然スピード出してないし。後ろの夜野田の体が強張ってるのはなんとなくわかった。変に力が入っているようで、こちらとしても漕ぎにくい。

「曲がる方向に重心傾けてくれたら運転しやすいんだけど……」
「重心……とは……」

今の会話で夜野田は運動が得意じゃないことがよくわかった。あまり意識したことなかったけど、確かにこの前の持久走では後ろの方を走ってた気がする。
信号待ちで止まると夜野田はほっと息をついた。何で後ろに乗ってる人が疲れてるんだか。

「変なとこ持つから疲れるんじゃない?」
「え?」

荷台なんて持ってたらうまく体を支えられないだろうし余計な力が入って当然だ。怖いと感じるのも多分そのせいだと思う。

「肩か腰、掴んでいいよ」
「本当? じゃあ……」
「!」

俺の体に捕まるように促すと夜野田は俺の脇腹を掴んできて、その力の強さに怯んでしまった。掴んでいいとは言ったけど……なんか違う。

「ちょ、はは、何だよその掴み方」
「え!?」

これで本人が大真面目なものだから面白い。久しぶりに声を出して笑った気がする。

「くすぐったいから、こうして」
「!」

脇を掴む夜野田の両手を引っ張って腹の前でクロスさせた。夜野田の体が俺に密着したのを感じたところで信号が青になり、自転車を漕ぎ始めた。
確かにこんなことしてたら付き合ってると勘違いされても仕方がないなと、自転車を漕ぎながらどこか他人事のように思った。


***


「……」

井闥山高校1年、佐久早聖臣はいつも利用している駅の改札を出たところで立ち尽くしていた。その手にあるのはピンク色のパスケース。もちろん佐久早のものではない。自分の前を歩く女子高生が改札を出たところで落としたのを目撃して、拾ったはいいものの視線を上げた時にはもう女子高生の姿は人混みに紛れてしまっていた。

「おっすおっす〜。ん?何それ」
「拾った」
「落とし物かー」

一度拾い上げたものを戻すわけにもいかずどうしたものかと考える佐久早に声をかけたのは同じ学校に通う古森だった。落とし物というワードと、明らかに佐久早の物ではないパスケースを見て古森は瞬時に状況を理解した。

「ピンクってことは持ち主は女の子かな?」
「うん。多分、梟谷」
「えっ、知ってんの!?」
「知らない」
「は??」

落とし主に佐久早は見覚えがあった。と言っても言葉を交わしたことはない。お互いにいつも乗る車両が決まっているからか、朝練に行かない時はよく見かけている女子だった。制服からして梟谷ということは知っていた。梟谷といえばバレーの強豪校。特に今年は木兎というスパイカーが活躍しているため、佐久早の記憶にも強く残っていた。

「何か運命的じゃね!?」
「……窓口に届ける」
「えー!次会った時手渡しすればいいのに!」

顔がわかっていて今後も会う可能性があるのなら直接渡せばいいのに。古森はそう考えたが、基本的に他人に興味がない佐久早がわざわざそんなことするはずがなかった。


***


「よかったねー」
「うん」

翌日の帰りの電車で、佐久早はパスケースを落とした女子高生と同じ車両に乗り合わせた。テスト期間で部活が休みのため、帰りで見かけるのはこれが初めてだった。

「盗まれなくて良かったね」
「うん!優しい人が拾ってくれて良かった」

どうやら窓口に届けたパスケースは無事彼女の元へ戻ってきたようだ。ちょうどその話を友人としているようで、自然と会話が耳に入ってきた。

「おい、もしかしてお前が拾ったパスケースの持ち主ってあの子?」
「……」

その会話は隣にいた古森にも聞こえてたらしく、そわそわした表情で佐久早を肘でつついてきた。

「俺が拾いましたーって名乗り出ろよ!」
「嫌だ」
「だよなー!」

勧めてはみたものの、佐久早がそういうタイプではないことは従兄弟である古森にはよくわかっていた。

「そういえばさ、この前のバレー部の試合観に行ったんだけど木兎さんすごかったね!」
「でしょ!あの時絶好調ってみんな言ってた」

そのまま聞き耳を立てていると予想外にも話題はバレーのことになった。木兎といえば全国でも有名なスパイカーで、佐久早も気になっている存在だ。

「細目の人かっこよかった!」
「木葉さんかな?すごく優しいよ」
「あ、赤葦くんもちょっと出てたね」
「そうなの!」

部員のことを誇らしげに話しているのを見る限り、パスケースを落とした女子高生はどうやらバレー部のマネージャーのようだ。

「あの子マネージャーっぽいじゃん。春高で会えるかもな」
「……」

バレーという共通点があろうがなかろうが、春高で会おうが会わまいが、佐久早にとってはどうでもいいことだった。それから電車を降りるまで、佐久早が彼女に視線を向けることはなかった。



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