short | ナノ

Zauber Karte

http://nanos.jp/968syrupy910/

桜前線Mystery


「名字ー!」


廊下に響く、私を呼ぶ声。
途端にスピードアップする心臓の動き。
最近、ずっとこうなんだ。


「ほら、これ。貸してくれてサンキュ」
「えっ、工藤くんもう読んだの!?」
「読み出したら止まんなくてさ。すっげーハマった」
「でしょ〜!何気に隠れた名作だよね、これ!」


差し出された一冊の推理小説は、私と彼を繋ぐ唯一の架け橋。
お互いの趣味が推理小説を読む事だと知ってから早2ヶ月。
私と工藤くんは、よく本の貸し借りをするようになった。


「でももう読んじゃったなんて早いねー。これページ数多いからさすがの工藤くんも1週間はかかるかなって思ってたけど…」
「まぁ、こんぐらいの小説だったらガキの頃から読み慣れてるからな。他に何か面白いの知ってたら貸してくれよ」
「じゃあ明日も何冊か持ってくるね!」


週に2、3回はこのやり取りを交わすけれど、最近私に欲張りな感情が芽生え出してきた。
もっともっと、工藤くんと会話がしたい。
もっともっと、工藤くんの笑顔が見たい。
そう感じる様になって、気付いたら、無意識に目で追ってる私がいた。


「いって!」
「工藤、学校は寝る場所じゃないぞ」


近頃工藤くんは、頻繁に居眠りをして先生に怒られる。
やっぱり高校生探偵って、私が思ってる以上に忙しいんだ…。


「ちょっと新一、最近いつも眠そうにしてるけどちゃんと寝てるの?」


隣の席に座る毛利さんが、工藤くんに声をかけた。


「いや、実を言うとあんま寝てなくてさ…」
「もう…。ちゃんと寝なきゃダメだよ?」
「へいへい、わーってるよ…」


そう言いながら工藤くんは大きなアクビをして教科書をパラパラと捲り出す。
あー…。
今やってるとこ違うページだよ工藤くん…。


「また推理小説読み耽って夜更かししたの?」
「へへ、まぁな」


そういえば、工藤くんちには本が山の様にあるって鈴木さんが前に言ってた様な…。
だったらいつでも読めるんだから、別に焦って読まなくても…


「借りた本は早く返さなきゃ悪いだろ?」


工藤くんの言葉が、私のシャーペンを走らせる手の動きを止まらせた。


「だからって無理したらダメだよ?ただでさえ新一寝不足なんだから…」
「へいへい」


私は工藤くんの笑顔が見たくて、たくさん色んな本を貸してた。
工藤くんも嬉しそうに本を受け取ってくれて、私に感想を沢山話してくれてて…。
だけど本当は、迷惑だったのかもしれない。
私、工藤くんに余計な気、遣わせちゃってたんだ…。


「名字」


帰りのHRが終わって教室からクラスメイトが出て行く中、工藤くんが私に声をかけてきた。


「オメー今日暇?」
「えっ…どうして?」
「駅前の本屋で俺が前言ってた読みたい作家の小説が置いてあるのを見つけた、って今朝言ってただろ?」
「ああ、うん…」
「俺、今日は時間あるし…。どうだ?これから一緒に行かねぇか?」
「……」


大丈夫、だよね…。
別に本を貸すわけじゃないし…。


「うん、いいよ。行こう」


学校を出て、駅前の本屋さんに向けて桜並木を歩く。
きっと来週には桜が満開になって、この道はピンクの絨毯が敷かれた様に桜の花びらでいっぱいになるだろう。
…工藤くんと、一緒に歩きたいな。
缶コーヒー片手に歩く彼の横顔に、チラリと目をやった。


「…好きだよ、工藤くん」


春の陽気がそうさせたとしか思えない。
ううん、そう思いたい。


「…え?」
「あっ!いや、えっと…」


やだ、何でいきなり告白なんかしちゃったの…!


「い、今のは違うの工藤くん!あの、えっと…。そ、そう!推理小説が好きだよって言おうとしただけなの!だから別に工藤くんが好きとかそんな事言ったんじゃなくて…その…」


ああ、もう自分でも何を言ってるのか分からない。
苦し紛れの言い訳だってバレバレだよ絶対…!


「…俺も、好きだぜ?」
「えっ!?」
「特にコナン・ドイル。何てったってホームズの産みの親だからな!」
「あ…うん。そう、だね…」


何だ、誤解すらもされてないじゃん…。
ほんの少し期待してたせいで、それと比例した分だけガッカリした自分がいた。
…カッコ悪いな、私…。


「なぁ名字」
「えっ、何!?」
「…何故ホームズはアイリーン・アドラーに想いを伝えなかったんだろうな?」
「…」


この瞬間だけだと思う。
大好きな推理小説の話で、こんなにも嫌悪感を抱いたのは。


「俺の予想だと、きっとホームズは自分自身の気持ちに気付いてなかった、若しくは気付かないフリをしてたんじゃないかって思うんだ」
「…そうだね」


そんなの、どっちでもいいよ。
はぁ…。
もう帰りたい…。


「…気付けよ、いい加減」
「え?何………」


春を予感させる、優しい風が吹いた瞬間。
何かが、私の後頭部を強引に寄せた。


「…工藤、く…」
「…こんな感情が無きゃ、わざわざ理由つけて誘わねーよ」


ピンク色に染まる、工藤くんの頬。
すぐに正面を向いてしまったけど、きっと私も、同じ色になってる、と、思う…。


「…1つ、質問していい?」
「…おー」
「わ…私が貸した本、夜更かししてまで読んでたみたいだけど…何で?」
「……口実だよ」
「えっ?」
「…何とか理由つけて、会話がしたかったんだよ。名字と」
「っ…」


思わず噛んだクチビルからは、さっき感じた甘苦いコーヒーの味がほんのりと残っていた。


「…熱いね。工藤くんの手」
「…ほっとけ」


大通りに面したこの道は、この桜並木が満開の花を咲かせるとピンク色に染まる。
そんな特別な道を、今年は2人並んで歩けるんだね。
私の手を、そっと優しく繋いできた工藤くん。
その横顔は、ほんのり桜色に染まっていた。


bkm?

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -