ライラック色の狂気

「アンパンはなかったから、フォカッチャで我慢してね」
「ふぉ・・?なんだそりゃ。美味いんだろうな」

つべこべ言わずに食べなさい。とヤミの口に押し込んでやった。

「結構イケるわ」
「でしょ?これ、王貴界のパン屋さんのだから」
「・・・お前、貴族かなんかだったのか」
「あれ?言ってなかった?」

ヤミは困ったように目を逸し、あらぬ方へ向けた。視線の先には、見ているだけで平和ボケしそうな穏やかすぎる海が広がっていた。

「別に大丈夫だよ」

ヤミの言わんとすることは分かる。王貴界に住まう貴族が、知らぬ異邦人などと交流しているなんて、何を言われるかわからないけど。私を育ててくれた両親だってそこまでの差別主義者ではないけど、これを知ったらあまりいい顔はしないだろう。
でも、一人きりの気持ちも分かる。私だって最初はこの世界に一人だったから。

「・・・変な奴」

ヤミはそう言って、恥ずかしそうにしながらも少し笑っていた。

「そういや、変な奴がお前以外にもいたな」

この前ここを歩いてたら、変なおっさんが目をキラキラさせて話しかけてきた。なんでも、ヤミが異邦人と言って馬鹿にしてきた騎士を闇魔法でぶっ飛ばしたという噂を聞きつけてやって来たという。そして魔法騎士団に入らないか、と誘われた。と。



___それ、(未来の)魔法帝じゃね??

「・・・その人、ユリウスって名前じゃなかった?」
「あー、確かに」

やっぱり!!!!!え、超会いたいんですけど??

「や、ヤミは魔法騎士団に入ろうと思ってるの?」
「いや、まだわからねえ」

そう言ってヤミはため息とともに煙草の煙を吐き出した。・・いや、もう煙草ふかしてる年齢なの、早くない?肺駄目になっちゃうって。健康な人と喫煙者の肺並べた写真見たことないの?無さそう!

「そそそそそっかあー」
「おう」

ユリウス様の夢小説も前世で死ぬほど読んだなあ。懐かしい。でも会えるなら、会いたい。

「私もここに来たらその人に会えるかな」
「え、会いたいの?お前ほんと変わってるな」

まあ、そのうち会えるんじゃねーの、その人と。知らんけど。ヤミはそれから、ウンコしてくると言って森に消えていった。そっかあ、トイレ無いもんね。

***

「アイタタタ・・」
「大丈夫ですか?」

目の前に腰を痛めるお婆ちゃんがいたので、重そうな荷物を持ってあげた。
あ、魔法があるじゃん。

ナマエは最近覚えた痛みを和らげる魔法をお婆ちゃんに施した。

「ありがとうねぇ」
「いえいえ」

お婆ちゃんの荷物の口が少しばかり開いていたので、悪気はないのだが見えてしまった。
そこには、大量の紙幣やら硬貨やらが詰まっていた。

「えっ」
「どうかしたのかい?」
「何でもありません・・・」

このお婆ちゃん、何者なの。こんな大金を持って歩くなんて・・・。盗まれでもしたら危ないじゃないか。

「ついでに、銀行までその荷物を運ぶのをお願いできるかい?」
「は、はい!もちろん」

変な気を起こさないようにと、荷物から目を背けて歩いていれば、いつの間にか銀行の裏へ。

「ここまででいいよ。ありがとう」
「あ、いえいえー。・・・ってええ!?」

そこにいたのはさっきまでのお婆ちゃん___ではなく、ナマエが会いたい会いたいと思っていた人。

「まっ、魔法帝!?」
「あっはは、やだなあ~。"まだ"魔法帝じゃないよ」

しまった、口が滑った。トリップがバレる??でもまあいいか、会えたんだし!!

「ところで君、とってもいい人だね!見知らぬお婆ちゃんを助けるなんて。しかも大金を持たされたのに何もすることなくここまで送り届けた」
「いやいや、あなたはそんなことして何が楽しいんですか・・。人を騙しているんですよ?」
「嘘も方便と言うだろう?それと同じで、人を騙してもいい時もあるんだよ」

ねえよ。サプライズじゃあるまいし。なんだか会えた感動がどんどん減っていく。こんな形で対峙したからでしょ。もっとさ、おおー!やっぱ凄いや未来の魔法帝は!!みたいな出会い方が良かったな。

「僕は君の良心的な行動に感動したよ。さて、先程の君の魔法を見せてくれるかい?」

どうやら私は未来の魔法帝の変身ぶらりの途中に出くわしてしまったらしい。

渋々重たい魔導書を取り出し簡単な魔法を見せるナマエ。と言っても、殆どが回復魔法なので意味もない光を出しているだけであるが。

「君の魔導書は珍しいね!!こんなに分厚いものは見たことがない!」

ユリウスの魔法マニアな部分が凄い。目が少年のようにキラキラ輝いている。

「ありがとう!!今日は時間がないから、また今度じっくり見せておくれよ!」

そう言って、彼は空間魔法の中に消えていった。

「・・・魔法に関すると、狂人なんだよなぁ・・」

疾風の如く去っていった彼だったが、また会いたいと思っている自分がいることに気付いたナマエであった。

(また会えるかもしれないから、積極的に人助けしよーっと)



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