第二の試験が始まって最初の夜が訪れた。木々の間からは月が顔をのぞかせている。しんと静まり返ったそこは、「死の森」と言われるような場所とは思えなかった。
「ハル」
『っ、』
呼ばれた瞬間私は身を固くし、声とは反対の方向に動いた。もちろんそれは声の主と距離を取るため。
『角倉さん』
彼はニヤリと笑った。
「どおだ、九尾は見つけられたか?」
全身黒い服を身にまとい、薄暗い森の景色に妙にとけこんでいる。もちろん額あてはなく、それは彼が木の葉の抜け忍であることを裏付けていた。
『いいえ、まだ、』
「ふん」
彼がポーチからクナイを取り出し、私の首元に突きつけるまで、無駄な動作も隙も微塵も感じなかった。
「本選の日までに突き止めろ。その時もう一度木の葉に来る。…期限が守れなかった場合、人質がどうなるか、わかるな?」
『…わかって、ます、』
「っ!」
彼が突然姿を消したと思ったら、ガサガサと近くの草が揺れた。
「今、誰かいたな?」
現れたのは千本をくわえていつになく真剣な目をしたゲンマさんだった。角倉さんとは違い、木の葉を示す額あてをしていた。まあ、彼のそれは額にではなく、後頭部にあるのだが。
『…いえ、誰もいなかったですよ?』
彼はしばらく不審そうに目を細めていた。そんな彼を私も黙って見つめた。信じてください、と。これは私の任務だから、と。
「大丈夫か?」
顔色が悪い、と彼の不審そうに見つめる目はどこかえ消えていた。代わりに現れたのはいつもの優しい彼の目で。
体調はいたって万全なのだが、やはりゲンマさんにはお見通しなのだろう。どんなにあれこれ考えても、やはり私の心は揺れているのだ。
『…大丈夫です。それより、どうしたんですか?わざわざこんなところまで』
「ああ、さき連絡が入った。…この中忍試験、あの大蛇丸が紛れ込んでいるらしい」
『大蛇丸…?』
ああ、そういうことか、と私の中で事実と過去とが結びついた。
あの人――角倉さんが入った組織と言うのは、大蛇丸の組織のことだったのだ。だから―――
「ハル、少し休め」
私の沈黙を、具合が悪いと判断したらしく、彼はその腕で私を包みこんだ。重たいですよ、とか、恥ずかしいです、とか、拒む言葉はいくらでも浮かんできて。それなのに、そうしたくはなかった。そばにいてほしい。しばしの間目を閉じると、そのまま眠っちまえ、などと彼は言う。
『今は任務中です』
「暗くなれば、試験官はなんもすることはねーよ」
『でも』
「つかまってろよ、」
そう言って千本が少しだけ動いたかと思うと、彼は私を抱き上げ木の上へと飛んだ。次々に木から木へと乗り移り、あっという間に死の森の外へと出てしまった。
『あの、ゲンマさん?』
「怒られたときは俺が責任取ってやるよ」
『いや、そういう問題じゃなくて、』
しかしそれを気にする風でもなく、彼は大きな樹の根に腰をおろした。その時に漸く私も解放され、しかし彼も私の隣に横たわった。
「何かあったら起こしてやる」
強引な人だ、とは、今さら言うことでもない。その強引さが彼のいい所でもあるのだ、きっと。まあいいかな、なんて、笑った彼を見ているとそう思った。
野宿だったはずなのに、彼のおかげであたたかい部屋の中にいるようだった。
死の森の隣、貴方の隣
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