鏡花水月 | ナノ
36後悔。そしてまた後悔。

「頭領……」

目を覚ますと、夜行にいた。
慌てて起き上がる。一体いつの間にここに帰ってきたのだろう。

「あなたがフラフラになって戻ってきて、3時間程経過しています。総本部は今、一切沈黙している状態で……。漠然とした情報しか入ってきません。一体何が―――」

刃鳥の説明で、いろんな情報があとからあとから思い出され、思わず顔を覆った。

「裏会が―――落ちた」

そう伝えると、ある程度予想はついていたのか、その場に居合わせた者から驚きの声は上がらなかった。

「……リンは? それに、白道さんや黄道さんたち、総本部務めの人たちも、」
「総帥の精神支配下にある」

全員が息をのんだのがわかった。

「すまない、守りきれなかった」

今後どうするのか、みんなが指示を待っていたのだろうが、動揺した心では何も考えられない。
刃鳥が気を利かせて、みんなを退出させてくれたが、それにもしばらくは気づかないほど。

「大丈夫ですよ」

言いながら、今にも泣きそうな顔の刃鳥に、ようやく我に返る。

「精神支配を受けたといっても、死んだわけではないんですよね? それならきっとリンも他のみんなも、大丈夫です」

俺に向けて言っているというよりは、彼女自身に向けているのかもしれない。
部下に気を遣わせるようでは、俺もまだまだだ。

「すまない、動揺した」

気だるい体に鞭打ち、どうにか立ち上がる。
まずは現状を把握しなければ。

「頭領、」
「裏会を―――仲間を取り返すぞ」





春日さんに渡りをつけてもらって鬼堂院ぬらの所へ行ったが、無駄足で終わった。

あの時、やはりリンを連れて行かなければ、こんな事態にはなっていなかったんじゃないか、と考えても遅いのに、何度も何度も考える。
上手く事が運ばないときは尚更だ。

もう何度くじけそうになっただろうか。
いつもなら、折れそうなとき、傷ついたとき、当たり前のようにリンがいて。当たり前のように慰めてくれた。
だが今―――彼女はいない。

リンの声が聞きたい。
リンの笑顔が見たい。
リンの―――すべてが欲しい。

願ったってかなうはずはないのに。
彼女への想いは、日に日に増していく。
彼女を助けるためにも、裏会を立て直さなければ。
総帥を食い止めるにはどうすれば……。

思いつめていたある日、突然に道は開けた。

開祖・間時守が無道さんのようなテンションでふらっと目の前に現れたのだ。
彼のヒントで、扇七郎を介して元十二人会の1人、竜姫さんとの接触に成功した。
彼女は裏会を立て直すべく、彼女自身の人脈で動いていたようだった。





「墨村くんとこのあの子、貸してほしいんだけど」

打ち合わせが終わったところで、竜姫さんに引き留められる。

「あの子というと?」
「雪女の妖混じりの子が墨村くんのとこにいるって風の噂で聞いたのよね」

リンのことを言っている。

「雪女って結構貴重だって知ってる? 特にあの子、能力結構高いから、―――」
「すみません、無理です」

総帥にとられたので。
自嘲気味にそう伝えると、彼女ははっとしたように口をつぐんだ。

「なあんだ、せっかくいい連携技考えてたのに」
「連携技?」
「私が降らせた雨を、あの子の冷気で凍らせれば、天然氷シャワーとかできるでしょ」

できるのかどうかは不問にしよう。
そもそもリンが裏会で誰かに知られている存在だったとは知らなかった。

「結構有名よ、あの子の起こした事件」
「事件?」
「あら知らないの? 裏会に保護される前の話」
「村を覆いつくすほどの雪を降らせた、としか」

そういえば本人の口から詳しく聞いたことはなかった、とこの時に気が付く。

「あの子、村の住民を全て凍らせたの」

そもそもの発端は、彼女の祖父母だった。
リンは妖混じりの力を色濃く持って生まれた。
生まれてすぐのころは、無意識に力を使うこともあり、どういうわけだか、彼女の祖父母を一夜にして凍らせてしまった―――これは後に裏会が彼女の両親の記憶を探って発覚したようだ。

村ではリンのような妖混じりが昔から多く生まれていて、妖混じりが生まれるのは、土地神の力が弱まっているから、と妖混じりを生贄に捧げる風習があった。
リンもそれに倣い、決められた歳に土地神が住むとされる山奥の小屋に閉じ込められた。

日が沈むと何も見えないほど周りは暗くなり、彼女はひたすら泣いたという。
雪が降っていたが、それはリンが降らせていたのか自然と降ったものなのか。
泣いているうちに妖混じりの力が解放され、リンは小屋を飛び出した。

完全変化で我を失った彼女は、ただただ欲望の赴くままに走り、力を使った―――村中の水分という水分を凍らせた。
それは村人にも向けられた。

裏会が気づいたときには、村の全員が凍っており、何層もの氷の中にリンが1人うずくまっていたという。

「そんな力が、」
「村の人間は、ギリギリで命はあったけど、少し遅かったらみんな死んでたって。……今は記憶を改ざんされて、あの子のことは誰も知らないわ」

以前東北の任務に行きたくないと言っていたのを思い出した。
当時は単に「実家に帰りたくない」というわがままかと思っていたが。

「じゃ、あの子取り返したら紹介して。今後の裏会には必要な力だと思うし、個人的に興味あるし」
「はあ、」

生返事だったのは、リンの存在がそこまで大きなものだったと今初めて知ったことによる驚愕から。
夜行だけの―――俺だけのといったらおこがましいだろうか―――リンだと思っていた。

「って、取り返せるんですか」

刃鳥に「取り返す」といったはいいものの、それは意気込みで言っただけで、確証はなかった。だから竜姫さんの言葉に、光が見えた気がした。

「総帥を弱らせるか殺すかすれば、支配している海蛇は抜けるわよ」

知らなかったの、と言わんばかりの顔をされたが、とくに意地をはる場面でもないので、素直に頷いた。





色々とあったが、急に道が開けて、むしろ戸惑っている。
だが―――総帥を倒し、裏会の平静を取り戻して、リンも取り返す。
総帥を倒せば、全てが丸く収まるのだと思うと、早く戦いたいとさえ思った。

いよいよ明日、決着がつく。
リンを―――取り戻す。




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