鏡花水月 | ナノ
29きっと相性が悪い

「おい!! そっちは平気か!?」

大吾は暴れる前にどうにか抑えた。抑えたというか気絶させたのだが。
こいつは頑丈な体だから大丈夫だろう。
だが―――

「秀君が、完全変化して飛んでっちゃったんです」
「秀が? 閃は?」
「俺は何とか……」

完全変化で暴走しているのはどうやら2人のようだ。
1人は秀。吸血鬼の妖混じりで、暴走すると若い女性の血液を好んで吸う。
そしてもう一人は―――リン。

文弥と絲に、妖混じりたちの介抱をするよう指示し、まずは秀を回収するべく時音ちゃんと良守君に協力要請を依頼した。
空にはすでに黒雲が立ち込めている。

「なんか、寒くないですか?」
「リンの仕業だ、」
「リンさん?」
「……雪女の妖混じりでね。こういう風に暴走されると手の付けようがないんだよね」

そもそも姿が見えない。

氷浦と時音ちゃんと連携し、どうにか秀を捕獲した。
その過程で氷浦が負傷したため、文弥に治療させる。

「問題はリンだな」

烏森一体の気温が下がり、そろそろ雪が降りそうだ。

「どうすれば、」
「そうだな。あいつは逆に男を見境なく殺そうとするからな」
「え!?」

話しているのは引き続き時音ちゃんだ。
秀は若い女の子を襲う傾向にあるが、リンは男ならだれでも狙う―――つまり、時音ちゃん以外のみんなが標的ということになる。

「とりあえず姿が見えるまで待機。閃が落ち着いたら探らせる」





15分ほど過ぎただろうか。
あれからすぐに雪が降り始め、周囲はうっすらと雪をかぶっている。

「すまないな、落ち着いてそうそう」
「いえ」

すぐに閃の妖気が周囲に広がった。

「いました、そんなに遠くありません」
「どこだ? 校舎の裏のあたりか?」
「いえ、動いていて、……良守の近くに、」

良守君のすぐ近く……?
ふとその人の場所を再確認すると、一人だけ校庭の真ん中にいた。

「おいっ、」

そのすぐ目の前にリンの姿が。
リンの姿といっても、普段の彼女とは違いなんというか―――魅かれる。
これが、雪女の怖いところだ。

「あいつ、魅せられたな、」

良守君を呼んでもこちらに気付かない。
おそらくリンに魅了され、意識が遠くにあるのだ。
こうして彼女たちは男に口づけをし、体の中に冷気を送り込む。
冷気を送り込まれた者は、体の内側から氷漬けにされ―――命を落とす。

「リンっ!!」

だめだ、間に合わない―――

「結」

後方から声がした。時音ちゃんが結界を張ったのだ。
おかげで良守君とリンは離され、リンがこちらを向いた。好都合だ。
自分の影を広げる。

良守君の方には時音ちゃんが向かっているので放っておいても大丈夫だろう。
一方でゆっくりと近づいてくるリンは、気を抜けば俺も魅了されかねない。
不意に、後ろで歩く音がした。
見ると、閃がこちらに、いやリンに向かって歩いている。

「ばか、閃、」

良守君の次は閃がつかまった。
そして、閃が魅せられたや否や、リンが一瞬にして閃の目の前にいた。
瞬間移動でもしたのではないかという速さだ。

『目を閉じて、』

彼女の口調は、従わさせていることを微塵も感じさせないような、優しい声だった。
閃が目を閉じ、リンが彼に口づけをする。

一瞬、その美しさに見入ってしまい―――魅せられた。
金縛りにでもあったかのように、体は動かない。

「閃っ!!」

誰かが叫んだ。
……そうだ、閃を助けなければ。
なんとか意識を戻して、勝手に小さくなっていた影でリンを拘束した。

『っ、』
「リン、しっかりしろ、目を覚ませ」

同時に閃がその場に倒れる。

「文弥、閃頼む!」

あの短時間ならまだ大事にはなっていないはずだ―――経験者は語るという奴だ。

『離して、』
「ちょっと痛むけど我慢してくれ、」

影での締め付けを強め、リンの意識を飛ばさせる。
少し手荒いが、暴走を止めるにはこれしか方法はない。

しばらくの格闘の末、リンがその場に倒れこんだのがわかった。
それに呼応して、降っていた雪もやんだ。
積もった雪が溶けるのもそこまで時間はかからないだろう。

「閃は?」

文弥に聞くと、大丈夫、と返ってきた。
リンの方も、完全変化は解けているようだったので、影から解放した。

「ったく、何だってんだ」

気を失ったリンを抱え上げ、大吾たちが休んでいる場所へと連れていく。
炎縄痕を治療させないとならない。

「すまん、こいつも面倒みてやって」
「はいはい。リンの面倒はいつものことだから大丈夫」

なんて変な返答があった。





烏森についていたマーキングのようなものも解除できたので、この日は一度解散となった。
それぞれ振り分けた妖混じり組を背負って帰る。
大吾は重いので武光に押し付け、閃は文弥に任せた。
秀は自力で帰れるとのことだったので、リンを背負って烏森支部へと向かう。

『ごめん、意識とんだ』

途中で気が付いたのか、耳元でリンが囁く。

「今日のはしょうがないだろ。……烏森が暴走したようなもんだ」
『被害は? 誰か氷漬けにしなかった?』
「閃が凍りかけたな」

いいから寝とけ。

いろいろ考えるのは起きてからでいい。
俺は妖混じりではないため、彼女たちの疲労は計り知れないが、疲れないわけはない。
現にリンも大吾も秀も閃も、顔色はよくなかった。

復帰後任務初日から暴走することになってしまった同僚の身を案じた。




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