27愛が世界を救う話
夜になっていた。
急にリンと話がしたくなって、襖越しに「リン」と声をかけた。
声をかけてから、眠っているかもしれないという懸念材料が浮かんだが、起きていたのか起こしてしまったのか、リンはすぐに返事をした。
「ごめん、起こした?」
『うんうん、起きてた』
布団の周りには本が数冊散らばっていて、日中は本を読んでいたのだろう。
リンは昔から本をよく読んだ。
「何読んでたの」
『昔好きだった本。正守にも勧めた気がする』
「そうだっけ?」
『どうせ読まなかったんでしょ、正守が読む本とはジャンルが違うし』
リンが手に持っているのは所謂恋愛小説というやつだ。
俺にはあまり縁がない。
「どんな話?」
『そうねえ。一言で言うなら、愛が世界を救う話』
「愛?」
『世界を救いたいから死を覚悟するんじゃない。愛する人を守りたいから死を覚悟するんだ、って』
「……そうかもね、実はみんな」
『へえ、正守も愛する人がいるの』
女性同士の恋バナの延長線のようなノリで聞かれた。
答えに困っていると、笑いながら予想外の人の名前が飛んでくる。
『夜未さんでしょ、どうせ』
「さあね」
最近夜行内でもそうした噂を流されるのだが、なぜだろう。
「まあその話は置いておいてさ」
『逃げるのか』
「夜行を創設したきっかけ、覚えてる?」
脱線した話を無理矢理レールの上に戻した。リンは不服そうだったが、昔を思い起こすように宙を見上げた。
『裏会の中でも、帰れる家を作りたい』
「ほら、リンの好きな小説と一緒」
『何が?』
「みんなの帰る家を作るために今日までがんばってきたわけじゃない。仲間の帰る家を作るために俺たちは夜行を作ったんだ」
これだって愛だろう。
リンを見ると、どこか悔しそうな顔だ。
どうしても俺と春日さんをくっつけたいらしい。
バカだな、と思ったが、口では別のことを言った。
「今日一日考えたんだけど」
『ん?』
「リンはまだ死ねない」
『……どういうこと?』
「そのままの意味だよ。今死んだら、リンも、他のみんなも未練が残る。手を尽くしていればよかった、ときっと思う。
だから、君はまだ死ねない」
『それ、ただのわがままじゃない』
「悪い?」
おどけてみせると、リンは声を大にして笑った。
この辺一帯の部屋の住人には聞こえるだろう、という大きさだ。
『そうだよね。私も未練が残ると思ってた』
未練がなんなのかはわからないけど。
明日のうちに奥久尼さんの所へ移ることとなった。
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