鏡花水月 | ナノ
26帰るところ

その日は一日中なにも手につかなかった。
奥久尼さんから示された方法を、リンに伝えた。
できればどちらも選ばせたくはないが、だからといってこのまま死にゆく彼女を見ているのも嫌だった。

どうすればいいのだろうか。

もう何度目かもわからないため息をついた。
こういう時、話し相手にしていたのはリンだった。
昔からの付き合いというところもある。
たまに彼女が冗談のように漏らす「私のほうが先輩」という関係性もうまくはまっていた。
頭領としての責任と威厳も、彼女の前ではとりつくろわなくてもよかった。
素直な自分でいられた。
……リンはただの部下ではない―――そんなことは知っている。

死んでほしくない。
ただどの選択肢をとっても「死」というワードが霞む。

「くそ、」

悪態をついたって、何かが変わるわけでもないのだが。





裏会の任務で、リンと二人のことがあった。
思えばこれが、夜行創設のきっかけだったのかもしれない。

『正守はさ、烏森を出たいの?』

唐突に、しかも誰も触れないような話を口にされた。

「まあそのうちに出ようとは思ってるけど、」
『やっぱり居づらいもんなの? 実家って』

正統継承者ではないことが関係していることはリンも知っているはずだが、それは口にしなかった。
たぶん「実家」という存在について彼女は知りたいのだろう。
表裏はない人だった。

「俺にとってはそうかな」
『ふーん』

彼女は実家を追われた身だった。
聞いた話だが、土地神への生贄として、山奥の小屋に閉じ込められていたところを裏会に救助されたらしい。
生まれは東北の雪深い村だとか。

『私にとっては、ここが実家になるんだろうけど。なんか居心地が悪くてさ』

正守もこっちに拠点を移す気なら覚悟しておいた方がいいよ。

彼女の助言を聞きつつ、敵を捕らえたので話はひとまず終わる。
互いにアイコンタクトだけで意思疎通が図れるくらいには親しかった。
親しかったというよりは、考え方が似ていた。

妖を両サイドから追い詰め、リンが気をひいているところを俺の結界術で滅する。
いたってシンプルな任務遂行だ。

「今日も雑魚か、」
『しょうがないでしょう。大きな獲物を追うにはまだ日が浅いは、私たち』

俺ならともかくリンはもう裏会に入って10年以上はたっているはずだが。
それでもこんなもんか。

『たまにさ、小さな子がいなくなるんだよね』
「ん?」
『……まだ戦闘にも出ないような小さな子供たちが、突然いなくなるの。どうしてだと思う?』
「親に引き取られたとか?」
『んなことあるわけないでしょう』

安直に出した答えは一蹴される。

『実験の道具にされてるのよ』
「え?」
『私は運よく戦闘班として生かされたけど、使えないと思われた子供は人体実験の材料にされて、逆に使えると思われた子供は、戦闘人形にされるらしいの』
「……ウソだろ、」
『どうかしらね。私もこの目でみたわけではないから断定はできないけど、』

嘘ではないのかもしれない。
裏会幹部は、そういった危ない連中で構成されていると聞く。

「もしそれが本当の話なら、裏会は腐ってる」
『ええそう。腐ってるわ』

だけど。
彼女は寂しそうに続ける。

『私みたいな、帰る場所がない化け物は、裏会に従うしかないの。……裏会に踏み込むのはあなたの自由だけど、帰る家は捨てないで』

それまで、強くてブレないと思っていた背中が、今日は少し頼りなかった。

「じゃあ、俺が、リンの帰る家を作るよ」

華奢な体を抱きしめたのは自然の流れだった。
リンも始めこそ驚いたようだったが、そのうち俺の胸に顔をうずめた。

『どうすればいいのかしら』
「もうしばらくこのままでいいよ」

守ってあげたい。
力になりたい。
彼女の弱い部分を受け止めてあげたい。

抱きしめる腕は、少しずつ強くなった。




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