鏡花水月 | ナノ
25選ばせたくない選択肢

長く日の光を見ていないような目覚めだった。
眩しくて目が開けられない。
苦労してどうにか目を慣らすと、それからようやく焦点が合い、人の顔を認識した。
珍しく文弥ではなかった。

『あら、珍しい』
「そお?」
『暇なの?』

寝起きの枕元に正守が腰かけていることなどあまりない。
大方、私の体調が悪くて治療してもらったような流れだろうが、そいうときに隣にいるのは、まじない班兼救護班兼私専用の体調管理担当の文弥だ。

「起きて第一声がそれだと、なんか笑えちゃうよね」
『もっと病人っぽいこと言った方がよかった?』
「さあね」
『今度はどうしたんだっけ、』

質問すると、正守はあごの辺りに右手をあてた。
話は少しさかのぼるようだ。

「奥久尼さんのところで倒れたらしいよ」

ああ、そうか。思い出した。
確か正守を回収しにいかないと、とここを出て奥久尼さんに頼み込んで扇一郎の所に連れて行ってもらう手筈だった。
ということは、扇一郎との勝負には勝てたということだろうか。

『なんかゴメン』
「それはいいよ。俺も刃鳥に怒られたし」
『へえ、』
「ところで少し大事な話があるんだけど、さ」

今日はいつになく真面目な様子だ。おどけた様子はあまりない。
なにかしら、と先を促す。

「奥久尼さんに調べて貰ったんだ、君のこと」
『……』

奥久尼さんと正守は頭がいいので何やら難しい話を交えられたが、簡単に言うとこういうことのようだった。

寄生虫が体の中にいる。
寄生虫といっても、妖の類のもののようだ。
雪女やその妖混じりの体の中でしか生きられない妖とされているのだとか。
普通なら少しずつ体を蝕むのだが、
私の中のソレは、烏森の力を得たり、私の完全変化によって力を得ることで、随分と強靭になった。
一般的な人間の体温だと寄生することができないが、雪女の体質上―――常時体温が低い―――寄生虫がとても住みやすい環境になっていた。

『寄生虫って響きがなんかおぞましい』
「ここからが本題なんだけどさ」

本題というのは治療について。

『どうにかできるの?』
「過去の文献にはその方法は載ってなかった」

一瞬だけ期待してしまった自分がいた。
私はまだ生きたいんだな、とこういう時実感するのだけれど。
生きながらえて何をしたいのかを突き詰めると、きっと残る未練と同じ答えに行きつくのだろう。それは知らなくていいような気がするから、今日もやはり途中で自分の気持ちを詮索するのはやめにした。

「けど、奥久尼さんのところの医療班がどうにかできるかもしれないって」
『どうにか、というと?』
「……考えられる方法は2つ」

言いにくい内容なのか、正守は少しだけ口を閉じた。
無言の時間に気を遣うような間柄でもないので、私も押し黙っているとようやく正守が口を開く。

寄生虫の弱点は、熱。
人の体温下では生きられないから雪女の体内で生活している。
だから、高温状態で―――高温といっても人の体温ほど(36℃前後)でよい―――しばらく過ごして寄生虫を殺す

寄生虫を無理矢理強化し、滅する
今は弱すぎる存在なため、妖気を捉えることができない。
烏森のような特別な地域で一時的に寄生虫を強化し、妖気を捕捉、滅する。

『荒療治ね』
「ああ。……どっちをとってもリンの体への負担は大きい」

今度は私が口を閉じる番だった。
どちらかの方法をとったとしても、助かるかどうかも確証はない。
そもそも、

『その寄生虫、仮に駆除できたとして、駆除したあと何か問題とかないのかな』
「それも、ないとは言い切れない。もし駆除する運びになったときは、それについても奥久尼さんのところが入念に調べてくれるらしい」

夜行の救護班で治療するわけではないらしい。

「リンはどうしたい?」

それは、どの方法で治すか、という「どうしたい」ではなくて、
生きながらえる方法を探すかこのまま成り行きに任せるかの「どうしたい」だった。

『……いつまでに返事すればいい?』
「治療に移るなら早い方がいい。……もう君の体がもたない」
『わかった。……明日の朝までには決めるわ』

いろいろ考えてくれてありがとう。
その人に告げると、正守は泣きそうな顔をした。
え、なにそれ。そんな顔するの?

「……」

何か言いかけたが、しかしそのまま正守は部屋を出て行った。





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