02秘密の前夜祭
帰りついたのは真夜中だった。
夜行では夜の襲撃に備えて見張りをたてているが、職業柄夜の任務も多く、本部内は静かではなかった。
「リン、お帰り」
とは、まじない班主任の文弥から。
『ただいま。どう、こっちはかわりない?』
帰って早々だったため、まだ詳しい事情も聞けていない。正守と会うのもこれからだった。
「うーん、なんとも。烏森が騒がしくなってて」
『烏森ねえ。久々にそのワード聞いたかも』
「今、限もいってるんだよ」
『へえ〜、あの限が?』
限といえば、入った当初は手をこまねいたのを覚えている。だが、うまく付き合えれば性格は素直だし、能力も高い。
ああ、烏森の弟くんとうまく付き合えれば……。
「リン、頭領がお呼びだよ」
文弥の指差す先にはへらっとした頭領の姿があった。
『またあとで話聴かせて』
文弥にそう言い残して正守の方へ行くと、部屋から美希が出てきた。
他にも誰かいる雰囲気だから、幹部ミーティングでもやっていたのだろうか。こんな夜更けに?
いやしかし、まじない班主任が不在だから幹部ミーティングってわけじゃないかな。
「遅かったな」
『正守、蜈蚣を酷使しすぎじゃないの。へろへろでちっともスピード出なかったんだから』
「運送班がほかにいなくてね」
そういや蜈蚣は?
続けざまに正守。
『たぶん寝た』
部屋の中を覗けば、巻尾に行正、亜十羅。
これはなんの集まりだろうか。
「明日の宴会の準備してたのよ」
口に出した覚えはなかったが、美希がタイミングよく答えてくれた。
『明日宴会なの? なんかあったっけ?』
「これから烏森の方が忙しくなるからその景気付けにと思ってね」
答えたのは正守で、しかしみんなの手にはなにやらお酒に分類されるものが見える。
「あとは、頭領の幹部就任祝いも」
「ちなみに今日は前夜祭」
有無を言わさず私の手の中にもビールがおかれ、誰が合図したわけでもないがささやかに乾杯が執り行われた。
『ぷは〜っ、おいしい!』
しばらくは頭領の言いつけ(早く仕事を片付けて帰ってこいという言い付け)を守るため、お酒を飲む暇もなかった。おかげで缶ビールといえどとてもおいしい。
「ちょっと、リン、おじさんみたいよ」
『だって誰かさんが任務をせかすんだもの。ボーナスものよ!? この迅速な解決は』
文句をたれると、正守は意に介した風もなく、ビールやっただろ、と。
『こんなんじゃ足りませんよ〜だ。幹部に就任したならもっと寛大になりなさい』
ほとんどイッキ飲みする勢いで飲み干し、逆さにしてみせた。
『おかわりはどこかな〜』
一気に煽ったせいか、少し暑い。
「あんまり騒ぐなよ、子供たちは寝てる」
『はいはい。静かにするからお酒飲ませて』
「いちおう言っておくけど、本番は明日よ?」
『大丈夫、今日はビールだけにしておくわ』
日本酒は明日までお預けだ。
まあ、このあと少し真面目なお話もあるしちょうどいい酒量でしょう。
『限を烏森に派遣したんだってね?』
先ほど文弥から聞いていたので、詳しく聞こうと話題にだすと、亜十羅が嬉しそうな心配そうななんとも言えない表情をした。
『心配?』
その人は困ったように口を開く。
「そりゃあ心配もあるわよ。学校だってほとんど行ってなかったし、お友達とうまくやれるかとか、結界師さんたちとうまく共闘できるのか、とかね」
『亜十羅はお母さんデスネ』
教育班主任であり、限の教育担当である亜十羅。
心配している様子は、お母さんみたいだった。
『どっかの誰かさんも似たような感じだったじゃないか』
正守にはニヤリという言葉がやけにあう。
『そうだったかしら。いつの話だか』
「いつでも教育班に戻ってもらえるのは歓迎なんだけどな〜」
『そういや、幹部就任おめでとう。ついに幹部入りだね』
亜十羅ものってきたため、あわてて話をそらす。棒読みだったことはこの際どうでもいいだろう。
夜行設立当初は、戦闘班と教育班も兼ねていた。
だけど自分の体質上、教育班は責任がとれないので外れることにした。
しかし何度説明したって、彼らは教育担当をしてくれ、とか言うんだ。
『早速目をつけられてるんじゃないの、最年少幹部さん』
裏会は頑固な人たちの集まりだ。正守なんて、若くて生意気な小僧としか思われていないだろう。
「そんなところだ。ところで、少し耳にいれててほしい話がある」
外に話がもれないためか、正守が自分を含むこの場にいる全員を結界でかこった。間流結界術は防音対策になるすぐれものだ。
「俺の幹部入りを漏らしたのは細波さんで間違いない」
一番怪しい人物で、予測はつけていたものの、やはり緊張は走った。
正守の表情はよめない。お得意の無表情だ。
「リンには直に烏森に入ってもらう予定だったけど、まだ猶予はある。先に夜行内で細波さんに加担している者がほかにいないか探ってくれ」
『あら。そういうのは鬼使いのお姉さんにお願いしてるんじゃないの』
不意に、いつもなら口に出さないような感情がポロっと顔をだした。
春日夜未―――鬼使いの一人で、昔から裏会に出入りしている。彼女とはいい思い出があまりない。
烏森に手を出したところを捕まえられたようだが、烏森のことをけしかけたのは正守だったという情報もある。もしそうなら、正守から夜未を仲間にしたことになる。
「リン。今する話じゃないわ」
美希が止めに入り、夜未の話はそこで終わった。
そのあともポツポツと話がでたが、ほどなくして飲み会は終わりを迎えた。
「じゃあみんな、明日はよろしく」
最後に買い出しだのセッティングだので打ち合わせをしたので、その念押しのように美希はそう送り出した。
部屋に残ったのは正守と美希と私。
ため息をつきながら正守が口を開いた。
「勝手に春日さんを仲間にしたのは悪かったよ」
『べつに。誰をいれようといれまいと頭領の勝手ですから。私には関係のない話、』
ツンと口を尖らせて他所をむくと、苦笑している美希が目に入った。
『なによ。そんなに面白い?』
「珍しいと思って。あなたがそういう、嫉妬? するなんて」
言い返せないので、言い返さないことにして不貞腐れた態度を貫いた。
嫉妬といえば嫉妬だ。
もともと春日夜未は気にくわない人だったが、正守が夜行内を彼女に好き勝手調べさせているのが気にくわない。
あんな人のこと、なんで正守は信頼するのだろう。
美希の言うとおり、嫉妬という感情は今まであまりなかったが、夜未に関してはどうしても腑に落ちなかった。
「リン。べつに春日さんと仲良くしてとも言わないけど、さっきの任務は君じゃなきゃできないんだ。頼む」
『イヤっていったら?』
「……特大パフェ」
物で釣ろうなんて100年早いわ。
しかしここで拗ねても詮方ないので、こちらも特大サービスで手を打った。
「おいしいとこね」
「はいはい」
これ見よがしにため息をついて部屋をでた。
もう空が明るい。
早く寝て明日の準備をしないと。
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