鏡花水月 | ナノ
16行正ファイル

黒芒楼の一件が落ち着くと、平穏な日々が続いた。
小さな任務もいくつかあったので、後輩育成をかねて若い子たちも含めて動いていた。

しばらくは大きな任務もないようなので、私も珍しく日帰り任務につくことになった。

「うわ、」

はじめての戦闘任務らしい。
敵を恐れて、しりもちをついた。
まだ中学生くらいの戦闘班希望の男の子。

『なにやってんのよ、』

思わず笑い飛ばすと、ハヤトは頬を赤らめた。
かわいいなあ、とは口には出さない。

「リン、そっち行ったぞ」
『はいはい、』

スピードが速いわけでもないので、少年の後ろに構えて、刀を一緒に構えた。

『いい、敵をよく見て』
「怖い、」
『大丈夫、力を入れるのは一瞬よ、』
「う、」
『あ、こら、』

この子にはまだ任務は早かったようだ。
敵を目の前にして気を失ってしまった。
敵はすぐ目の前だ。
ハヤトを抱えながら一歩下がり、彼の握っていた刀を構えた。

『まったく、手がかかる子だわ』

どさり、と音をたてて敵が地面に崩れ落ちる。

「気を失っちまったか」
『うん、まだ早かったみたいね』
「貸せ、担いで帰る」

この頼もしい男は行正。
ここに―――夜行に―――来る前は、裏会のいくつかあるうちの同じ養育機関で育った。

『焦り過ぎじゃないかしら、』
「ん?」
『まだ戦闘に出る覚悟もない子を、戦闘に出すなんて』
「……そうも言ってられないんだろ」
『まあ、そうか』

頭領である正守が裏会の幹部入りしたことをきっかけに、扇一郎をはじめ、あちこちで何かしらの動きがある。
こちらに仇をなさないならいいのだけれど、扇一郎のように仇をなすものもある。
もし、小さい子たちだけで遊んでいるところを襲われでもしたら……。

「そういや最近は一人で夜道歩けるんだな」
『一体いつの話をしてるのよ』
「あの頃は大変だったなって回想したんだよ」
『失礼ね』

本拠地からは少し遠いので、蜈蚣と合流して帰る予定だったのだが、待ち合わせ場所に彼の姿はない。

『珍しいわね、蜈蚣がいないなんて』
「まあ今日はいくつか任務が重なって―――」

プルルルルルル

着信音が鳴った。行正のものだ。

「ああ、わかった」

何やら話がうまくいっていないような気がする。

『なんて?』

電話を切った行正に問えば、珍しくため息。今日は来られないらしい、と。

『あらまあ。じゃあ今日は野宿?』
「そうなるな」
『……この子大丈夫かしら』
「まあ、なんとかなるだろう」

日はまだ沈みそうにないので、明るいうちに野宿できる場所を探す。
どこかのタイミングで気を失っていたハヤトが目を覚ましていた。





リンと交代で火の番をしていたのだが、ハヤトが震えているのがわかった。

「どうした、眠れないのか」
「……」

隣まで行って肩をだいてやると、少し落ち着いたのか、ぼそっと口を開いた。

「僕って、戦闘にむいてないのかな」
「なんで?」
「だって、怖くて怖くてたまらない」

彼の悩みに、少し優しい気持ちになった。
誰もが通る道だ、と。

「でも、行正さんだって、リンだって強いじゃない」
「初めからこうだったわけじゃないよ」
「嘘だ」
「……じゃあ、少し昔の話をしてやろうか、」

俺の話じゃないけど。
そう前置きして、暗闇を恐れていたころのリンの話を思いだした。





リンが施設に入って初めての任務で一緒になった。
日頃から訓練を受けていたので、戦闘における基礎能力はみんな高かったが、それは訓練の話であって、実践で役立つかどうかはまた別の話だった。

「どうしたの」

任務はすんなりと終わり、しかし往復は徒歩だったため、夜は野宿だった。
男所帯の中で一人だけの女の子、リンは戦闘中はピカイチの才能を発揮していた。

『ちょっと、ね、』

当時から相変わらずの強がりで、今よりも愛想がなかった。
明らかに震えているのに、ちょっとね、で済ますその人。
寒いのかと思って上着をかぶせると、寒くはないという。

『私、雪女の妖混じりだから、寒さには強いの』
「じゃあ、一体どうして、」
『……こわくて、』

小さく呟いたその人は、恥ずかしそうに顔をうずめた。

「怖いの?」
『……悪い』

拗ねた様子が少しかわいいなと感じた。

「小屋に一人にされたの、まだ思い出すんだ?」
『なんで知ってるの』
「……前に聞いた、大人たちが話してるの」

リンは村の掟で、土地神様の生贄として小屋の中に閉じ込められているところを保護されたと聞いた。
辺り一面を何メートルもの積雪で覆い尽くしたとか。

「別に悪くないんじゃない」

率直に感想を述べると、驚いたように彼女は眼を見開いた。

『なんで』
「なんでって、……みんな得意不得意はあるし」
『行正には苦手分野ないじゃない』
「俺だってあるよ、苦手なこと」
『ウソだ〜』
「……俺、みんなに怖そうって言われるんだよね」

なぜだか、自然と打ち明けていた。
リンと話しをするのが純粋に楽しかったからかもしれないが、リンを安心させてあげたかったからなのかもしれない。

『そお? 行正は面倒見もいいし、優しいと思うけど』

そんな風に言われたのは初めてで、嬉しかった。

「ありがとう」

お礼を言うと、リンはそれまでに見たことのないような屈託のない顔で笑った。





話をしている途中でハヤトが寝てしまったので、いつのまにかただの回想になっていた。
そういえばリンにもそんな時期があったな、と。

『一体いつの話をしてるのよ』
「起きてたのか」
『こういう時は普通自分の話をするでしょ』
「いやあ、ハヤトを見てたらリンの昔のこと思い出したから」

今ではそんな怖がりだったリンの面影はあまりなくなってしまったけれど。
何度も何度も戦闘を繰り返すうちに、俺たちの心も幾分と強くなったんだな、と。





prev/next
back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -