Σ-シグマ-高校時代 | ナノ
消える影


待たせてばかりの私を、今度はアナタが置いていく










『風魔くん……風魔くん?』

「………………」

『…手は、繋がないって約束したのに』





あれからどれだけ歩いただろう。私の手を掴み歩き続ける風魔くんは、振り向くことなく夜の街を進んでいく

もう北条酒造は見えない。あの男も見えない。風魔くんの顔も見えない


ただひたすら手を引かれ人気のない公園に差し掛かった、その時−…




『っ…………』

「………………」

『風魔くん…これは、どういうこと…なんでしょう』





突然立ち止まった風魔くんが私の手を強く引き、その勢いに任せ倒れ込む身体を彼がそのまま…抱き止めた

突然の抱擁に私らしくないけれど、思わず声を震わせてしまう。前も横も後ろも全部、風魔くんに包まれた


夜の公園で正面から、友人に、抱き締められている。今日の予定ではこんなはずじゃなかった。私たちはただ、ただ一緒に…




『こんなの…友人同士ですることじゃありませんよ、風魔くん』

「………………」

『…こんな時くらい何か言ってください、ズルいです』





風魔くんの胸に顔を埋めているせいでくぐもる自分の声。それに返事はなく、ただひたすら彼の腕の中に閉じ込められる


風魔くんの様子がおかしい。その原因は間違いなく、さっきの怪しい男と…私だろう

風魔くんと彼は、私の知らない私を知っている




『風魔くん…貴方は何者ですか?』

「………………」

『こんなことをしておいて、何も教えてはくれないんですか』

「………………」

『………………』




近くの街灯からパチパチと虫を弾く音がする。それだけを響かせた空間を相手に、ついに私も黙り込んでしまった

彼に抱き締められ行き場を無くした腕はどうしよう。こちらからも回してみようか、彼の逞しい背中へ


…いや、やっぱり、できない




『風魔くん…』

「………………」

『そのカメラ、取りに行ったんですね。黒田くんへの対抗心ですか?それとも…貴方の写真を、撮るためですか?』

「………………」

『私のアルバムに、貴方の写真はほとんどありませんから』




そう呟いた瞬間、少しだけ風魔くんが腕の拘束を緩める。その隙にさっと抜け出し彼との距離をとれば…やっと見えた風魔くんの表情

それはいつもと変わらない無表情だったけれど、私には何故か苦しそうに見えた





『…さっきのことは気にしません、だから、写真撮りましょう』

「………………」

『え…ちょっと、なんで、首を横に振るんですか。貴方を撮るためのカメラでしょう?』

「………………」

『…何て返事が欲しいんですか』




これまである程度、風魔くんの言いたいことは仕草で読み取れていたつもりだった

けど今、勢いよく、駄々っ子みたいに首を横に振る風魔くんの考えは分からない。貴方はどうしたいんですか、私は貴方について分からないことばかりです




『風魔くん…』

「………………」

『え…風魔くん、風魔くんっ!?』




そして何の答えも見せないまま風魔くんは数歩、私から退くと…次の瞬間には夜道に姿を消していた

心もとない街灯が私だけを照らす。しばらくしてハッと我に返り周りを見渡しても、ここには私しかいなかった




『風魔くん…何故…』






次の日から、風魔くんは学校に来なくなった





















「…先輩?ナキせんぱーい?」

『っ…………はい』

「大丈夫…に見えないですけど聞きますね、大丈夫ですかぁ?」

『はい、大丈夫ですよ後藤くん。心配には及びません』

「嘘をつくな!まったく…風魔は何を考えているんだ、卒業旅行にも顔を出さなかったっ…!」

「…しんぱいですね。せんせいがたにきいても、くわしくはおしえていただけませんでした」

『…私のせいでしょうか』

「そう言うな小石、お前は悪くない。風魔にも何か考えがあるはずだ」

『雑賀さん…しかし…』

「大丈夫だナキっ!!風魔ならまたひょっこり顔を出す!あいつが風みたいに自由なのは前からだろ、な?」

『………………』




あのデートの日から数週間。学校の卒業旅行や最後のテストを終えた三年の教室に、風魔くんの姿はなかった

学校に話は通っているようで、別のタイミングでテストは受けたらしい。卒業もする。でも…私たちの前には出てきてくれない




『このまま卒業式にも出ないつもりなのでしょうか。そのまま…私たちと…』

「小石…」

「…ナキ先輩が望むんだったらオレ様、風魔先輩見つけ出して引っ張ってきますけど」

「後藤が言うとシャレにならんが…このまま、というのは私も気に入らない。私も乗るぞ」

『かすがさんが言うのもシャレになりませんが、風魔くんの意志なら何も言えません』

「このままでよいのですか?」

『………………』





良いか悪いかと聞かれたら、悪いです。嫌です

でもあの日を思い出すたび、去り際の風魔くんを思い浮かべるたび、探しちゃいけない気がする


そして…





『私は待たせる側らしいです』

「は?待たせる?」

『不思議なおじ様が教えてくれました。私が待つのはおかしい、君は待たせる側だと』

「そのおじ様と風魔に何か関係があるのか?」

『それは分かりませんが…こうと決められたら徹底的に反抗してみたくなるタイプなんです』






私も、風魔くんも



20151024.


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