浮かび上がる影
どこかで会いましたでしょうか?
『さて、美味しかったですねポップコーン。映画館で食べるとひと味違います』
「………………」
『映画ですか?予告の時点でお腹いっぱいです』
二時間弱の映画を見終え、半券をひらひらと指で遊ばせる風魔くんの隣
少し日が傾き始めた街中を歩きながら思い出すのは、上映が始まる前に見えた客席の様子だった
『休日だからでしょうか。右も左もカップルカップルカップル…恋愛映画よりも現実のリア充が甘々でしたね』
「………………」
『その分映画の男女がしょっぱく感じて好感が持てました、あとは…』
「………………」
『と、止めましょうか。私の悪い癖が出てしまいました』
風魔くんの視線に気づき、少し大げさに自分の手で自分の口を塞いだ
可愛げがないと言われるこの喋り方。愛想よりも愛嬌よりも嫌味に聞こえることばかり先に出る
人を煽ってるつもりはない。でも不快にはさせるだろう。つまらないだろう。きっと風魔くんも…
『ん…?』
「………………」
『………………』
ふいに風魔くんが私の腕を掴み、口元に添えた手を引き剥がした。そして見上げた先の彼が首を傾げる。何をしているんだ、と問うように
もし彼が普通に話す人ならば、喋ってもいいぞと私に許可を出すのだろうか?
…いや普通の人、なら私と関わろうともしないはず。こんな口の悪い私と究極無口な風魔くんだから三年間、一緒にいられたんだ
『…私が喋っても平気ですか?』
「………………」
『風魔くんは本当におかしな人ですね。出会った時からそうです、私なんかの相手ができるなんて』
「………………」
『それとも…』
貴方は……
『…前から私を、知っていましたか?』
「………………」
『………………』
…そんなおかしな質問をぶつけても風魔くんはやはり黙ったままだ
何度か思ったことがある。風魔くんはまるで高校に入学する以前から、私を知っているような素振りを見せるから
『…なんて思ってはみますが気のせいですね』
「………………」
『さて、映画デートは終わってしまいました。まだ時間はありますが、予定は決めていますか?』
「………………」
『あ……』
いつの間に折ったのか風魔くんの手遊びに付き合っていた映画の半券が、小さく可愛い折り鶴に変わっている
それを私の手のひらに乗せた彼は颯爽と歩き出す。なんだかついて来いと言われてるみたいで、私は鶴を手に乗せたままその背を追いかけた
『ここは…酒蔵ですか?』
「………………」
『もしかしなくてもお祖父様…北条酒造のですね』
「………………」
『はあ、ここで待っていろと?分かりました、お待ちしてますね』
明るかった空が薄暗くなった頃、先を歩いていた風魔くんが立ち止まり振り返る
そこは立派な酒蔵…と大きな建物が並ぶ場所。ちらちらと見かけた会社のロゴは、見覚えのある北条酒造のものだった
そして私に待っていろと手で示した風魔くんは、あっさり中へと入っていってしまった…さすがは会長の孫。顔パスですね
『さてさて待てと言われても…彼は何をしに行ったのでしょうか』
酒蔵の裏は大通りから外れ灯りも少ない。車の行き交う音が遠くから、さーっと吹く風の音がすぐ側から聞こえた
見下ろした自分の靴、そしてスカート、上着、その流れで星が見え始めた空。薄暗いここで…私は目立たない
『…雑賀さんとかすがさんに謝らなければ。せっかくマドンナに、コーディネートしてもらったのに』
彼女たちが選んでくれた服。しかし私を飾っても、それを見てくれる人はいない
風魔くんもノーコメントで…いや、風魔くんはいつも通りでした
『…風魔くんは、何故、私を連れてきたのでしょうか』
今日は、楽しかったのでしょうか
『風魔くんは、私に何を伝えようとしているのでしょうか』
私は、何を伝えて欲しいのでしょうか
『彼は…』
私は…
「おや…こんな時間に君のような女性が一人、このような場所に立っているとは些か不釣り合いだ」
『え…』
「見たまえ、もう一番星さえ判別できない星空だ」
私の独り言を遮るように聞こえてきた男の低い声、そして吹いていた風がやむ
ハッと顔を上げた先に、その男は立っていた
薄暗い道の先に見えた黒と白のコントラスト。ゆったりと歩み寄る大きな身体と薄く笑みを浮かべたその表情
私の目の前に立った彼は、やぁ、と些か時間差のある挨拶をしてきた
「…こんばんは」
『……こんばんは、はじめまして』
「はじめまして、か。まぁ今はいい。このような人気の無い場所で少女が一人とはあまりに不用心…と声をかけたんだ」
『いえ…お構いなく』
…貴方がまさに危険そうですけどね、そんな言葉が喉まで出掛かった
親切心かわざとかよく分からない話題を振ってくる謎の男。北条酒造の人だろうか、いや、そうは見えない
警戒する私なんてなんのその。男はふむ、と呟くと顎に手を当て私の顔をのぞき込んできた
「なるほど…公が気に入るわけ、か。いや気にしないでくれたまえこちらの話だ」
『…私、人を待ってるので。こちらこそ気にしないでください』
「待つ?君がか、いや君は人を待たせる立場にあるはずだ少なくとも私の知る限りはね」
『…あの……』
私の知る限り?
この人は私を知っているのだろうか、そして私を待つ人とはどういう意味なのだろう?
「…ああ、失礼した。女性に一方的に話しかけるとは私らしくもないことを」
『いえ、貴方の紳士道は知りませんが人違いではありませんか?私は貴方を知りません』
「本当に、か?」
『っ…………!』
「本当に君は私を知らないのか?」
『それは…』
「君の記憶に聞いてみるといい」
そう呟いた男が私に向かってその手を−…
パシッ!!!
『っ………!』
「…ほぅ、」
「………………」
『あ……風魔くん…?』
男の手は私に届く前に弾き返された
目の前に現れた黒。私と男の間に割って入り、背中に私を隠すように男と向き合って立つ
その片手には別れる前には無かった…カメラがあった
「これはこれは…颯爽と駆けつけるヒーローか。はたまた女性を独りにする悪い男か…それとも両者か」
「………………」
『風魔くん…お知り合いですか?』
「………………」
『え、あ、風魔くんっ!!?』
次の瞬間彼は私の手を掴むと、男とは反対方向へズンズン歩いていく
引っ張られた私がバランスを崩すのも気にしない。そしてその拍子に…風魔くんからもらった折り鶴が手からこぼれ落ちた
『あ…風魔くん、鶴がっ…』
「………………」
『風魔くん…風魔くん?』
何度も何度も声をかけたが風魔くんは返事をくれない。足も止めない。振り向いてもくれない
一方的な彼に戸惑いつつ後ろを見るけど…もうそこに、あの白と黒の男はいなかった
『っ……風魔くん、風魔くん?』
アナタはいったい誰ですか?
20151023.
続く