Σ-シグマ-高校時代 | ナノ
恋心は淡い桜色


君を占める心のうち

恋と呼ばれる部分を奪い去れたらいいのに





『ん…あれ…?』




物音で目が覚めた。別荘の一室、隣で眠る雑賀さんとかすがさんはまだ夢の中

薄暗い空を窓から見つめれば、まだまだ明け方で起きるには早い。じゃあさっきの物音はなんだろう




『あ……黒田くん?』




窓辺まで近寄り外を見下ろせば、そこには大きな箱を抱えた黒田くんがいた

こんな時間にどこへ行くのだろう。そういえば昨日、明日の朝時間をくれと黒田くんに言われていたような




『…これは黙っているべきですね。男の意地というものもあるでしょうし』




さて、二度寝をしましょうか

もぞもぞと布団に戻った私が窓ガラスを叩く音で起こされたのは、もう日が昇り鳥の鳴き声が聞こえる時間だった



















『ふぁあ…』

「ふぁあ゛…!くそ、眠いっ」

『眠いなら何故、こんな時間に外出するんですか…私もできれば三度寝を楽しみたいです』

「いやいやダメだ!他の連中が起きる前じゃなきゃ意味がない!そうだ、二人きりじゃないと…」

『………………』

「ん?って、こらナキっ!!立ったまま寝るなっ!!山の中だぞっ!?」




起こしに来た黒田くんに連れられ歩くのは別荘から外れた山の中。持参のカメラを手に進む黒田くんは行き先を教えてくれない

いったいどこまで行くのだろう…雑賀さんにバレた時の言い訳くらいは考えておいて欲しいです




「人がいない場所じゃなきゃ無理だからな。今日は絶好のチャンスなんだっ」

『はあ、チャンス、ですか…黒田くんのチャンスと私に何の関係があるのでしょうか』

「関係というか…お前さんがいないと始まらないからな」

『と言いますと?』

「いいから黙ってついて来…っとそろそろだな!あー、ナキ、悪いが目を瞑ってくれ」

『…こうですか?』

「あ、ああ…あとすまん、手を、借りるぞ」

『っ…………』




黒田くんに言われた通り目を瞑れば…次に彼は私の手を取った

大きな手に握られた感触に少しだけ驚くけど、ここまで来たなら彼に付き合ってあげようか。ギュッと目を閉じ直し、手を引く彼に従って山道を歩いた


さっきまでと違い、互いに無言のままで。そして…







「ナキ、ついたぞ!目を開けてくれっ」

『はい………え?』




パチッと開いた目に飛び込んできた光景。それは…





『…桜、』




一面に広がる桃色だった





「ははっ!どうだナキ?ビックリしただろ!」

『これ…なんで…』

「小生にかかれば枯れ木に花も咲かせられるんだっ…と言いたいところだが、裸ん坊の木に造花を結んだだけさ」

『あの荷物は造花だったんですね…これを私に見せたかったのですか?』

「まぁな、約束しただろ?お前さんに桜を見せてやるって」

『あ……』





そういえば、そんな約束を黒田くんとしたような気もする

どこか行きたい所、見たいものはないか。それを彼に問われた私は“桜が見たい”と答えた。空一面の桜は私の思い出だから


黒田くんに促され、私はゆっくりと桜に近づく。じっくりと見れば造花と分かってしまうが…それでも桜であることに違いはない




『…やっぱり桜は綺麗ですね』

「…おう、そうか」

『はい。あの時も…』





ずっと昔、家族旅行で訪れた観光地も桜が綺麗に咲いていた

そこで出会った初恋のお兄さん。名前も顔も思い出せない彼に手を引かれ、桜の下を歩いた淡い記憶


…あの時から私はずっと、彼のような大人になりたいともがいている




『…綺麗すぎます』




記憶の中の彼はあまりにも綺麗で、思い出そうとするたび苦しくなった

迷子の私を引っ張ってくれたお兄さん。私は今でも、彼が−…



カシャッ




『っ……何をしているんですか、黒田くん』

「はは!どうせなら写真を撮ろうと思ってな、ナキは気にせず桜を見ててくれっ」

『…私、写真は苦手です。それに私なんかを撮っても楽しくないでしょう?愛想もないですから』

「ん?だったら笑ってくれ、あ、じゃあ次はカメラ目線頼むぞっ」

『カメラ目線…』




聞こえたシャッター音に振り向けば、そこにはカメラを構えた黒田くんの姿。さらにカメラ目線で笑えとの指示が出る

せっかくマドンナ二人との旅行なのに…私なんか撮っても記念にはなりません




「ほらほらナキ!笑え笑えっ」

『なんという無茶ぶり。笑えと言われて笑えるほど器用な人間じゃありませんよ』

「いいからほら!試しに、な?」

『む…』




…笑う、とは?

私はよく笑わない子だと言われるけど、自分としてはそんなつもりはない


あえて理由とするならば、立派な大人とは冷静な人間である…という子供みたいなイメージがあるからだ

お兄ちゃんのような立派な大人になりたい。そう強く思うがゆえの意地、だろうか




『そういえば…あの人は…どんな風に笑っていたのでしょうか』

「いくぞナキー、はい、チーズっ」

『………………』





そうだ、あの人は−…






『っ……あはっ』





カシャッ



こんな風に、柔らかく笑っていた





「な……っ!!?」

『…はて、笑顔は思い出せど肝心の顔は思い出せませんね。困りました』

「ナキ、今、笑って…!」

『はい?』

「っ、もう一回!今のもう一回頼むっ!!」

『もう一回…こうですか?』

「違うっ!!まったく表情筋動いてないだろ、もっと柔らかくっ!!」

『これでも頑張って動かしてるつもりですよ』




あの人を真似て笑った次の瞬間、シャッター音と同時に顔を上げた黒田くんが…何故か真っ赤な顔をしていた

そして笑顔のアンコールをもらうものの、やはり働いてくれない私の口角。あれ、おかしいですね




「さ、さっきのナキ、確かに笑ってた…!あんな笑い方、できるんだな」

『あはー』

「違う笑えてないっ!!」

『…と言われても再現できません。おかしいですね』

「ぐっ…!」













レンズ越しに見えたナキは、本当に本当に綺麗だった

偽物でも桜に囲まれ笑うナキ。柔らかいその表情が向けられた瞬間、今までにないってくらい心臓が高鳴った



ああ、小生はこいつが好きなんだと改めて…いや、初めて実感したんだ





「くそっさっき撮った写真を、この場で見せることもできんからな…!」

『まぁまぁレアな私を見れたということで。明日、地球が滅びないといいですね』

「そんなレベルなのかっ!!?だ、だが、お前さんの笑った顔を一度でも見れたから…いい、のか?」

『あ、そうでしたね。黒田くん、桜を見せて頂きありがとうございました。いい思い出になります』

「っ、そ、そうか!だが次は本物の桜を見にこよう!満開はこんなもんじゃないっ」

『…そうですね』





さぁ、次の約束をしよう

カメラを持っていない方の手の小指を立て、ナキに突き出す

はじめはコイツも首を傾げたが、すぐ同じように小指を差し出してくれた





「またここに桜を見にこよう!もちろん二人でな、約束だっ」

『私、忘れっぽいですからその時は…』

「小生が思い出させてやるさっ!!ナキが忘れてもだっ!!」

『……はい、お願いします』





細っこい小指を絡め取り、桜の下で約束をした。お前さんが忘れても小生は忘れない


そして一緒に本物の桜を見た時は…またさっきみたいな笑顔を、今度は小生を思って見せてくれるだろうか?




















「よし、いくぞ!カメラ目線を外すなよっ!!」

「我らの心配をしている余裕があるならば、まず自分の心配をしたらどうだ?」

「確かに…黒田、撮影までにここまで間に合うのか?」

「これは上杉のデジカメだからな、タイマー機能でなんとかなる。いくぞーっ」




そして場所は変わって別荘前。帰り間際みんなで集合写真を撮ろうと集まれば、撮影係はやはり黒田くん

私の左右には雑賀さんと風魔くん、かすがさんも上杉くんの隣をしっかり陣取り準備万端




『黒田くん、走ってる間に転んでタイマーに間に合わない…なんてベタベタなことはしないでくださいね』

「分かってるよっ!!じゃあ押すぞ…よしっほらほら小生の場所空けて…うぉおっ!!?」

『あ』

「あ」

「あ」

「おやおや…」

「……………」





カシャッ




卒業旅行最後の思い出は、カメラの手前ですっ転んだ黒田くんにピントの合った集合写真でした






20151012.
卒業旅行編おわり


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