Σ-シグマ-高校時代 | ナノ
君の笑顔が見たかった


『…………』

「…………」

「お、おいナキ、又兵衛…そりゃ何だ?」

『お弁当です見て分かりませんか?』

「せんぱぁい、ダメですよぉ官兵衛さんをイジメちゃ。見て分からなかったんですから」

『ああ、それは可哀想なことを言ってしまいました』

「それくらい分かるわっ!!分かった上で納得できないから聞いてんだよっ!!」




昼休み。今日は雑賀さんと風魔くん、そして黒田くんと後藤くんも一緒に昼食だ

黙々と食べる私たちに対し、黒田くんが突然立ち上がって騒ぎ出す。ご飯くらい落ち着いて食べてください




「落ち着け黒田、小石の弁当はいつもコレだ」

「ま、真っ茶色だぞ、見ているだけで胸焼けが…!」

『夕飯の残りの唐揚げとコロッケとトンカツです』

「一晩置いた揚げ物も恐ろしいなっ!!…で、なんで又兵衛は弁当が真っ白なんだ」

「作るの面倒なんでぇ」

「だからってひたすら白米詰めるやつがあるかっ!!」

『私と後藤くん、半分こすれば丁度良いぐらいですね』

「は、半分こっ!!?先輩とオレ様で半分こしちゃいますっ!!?しちゃいますぅっ!!?」

「……………」




させねぇよっ!!という風に、風魔くんが机にグサッとフォークを突き立てる

風魔くんも風魔くんで、お弁当がお洒落なパスタとか高校生男子にあるまじきチョイス。雑賀さんはお重に入った純和食だし




「へ、平々凡々な小生の弁当が何故か浮いている…」

『まぁ好き嫌いは人それぞれですし。お母さんの愛がたっぷりならそれでいいじゃないですか』

「…お袋さんねぇ」

『あ……すみません後藤くん』

「いや、別に嫌みで言ってませんよ。先輩は気にしないでください、ケケッ」

『……………』




本当に気にしてないように後藤くんは笑うけど、彼は今、アパートに一人暮らしだ

さっきも言ったみたいに朝も昼も夜も自炊。彼にとってご飯は食べられたらそれでいいんだろう




「ちょ、なんで暗くなるんですかぁ?オレ様、本当に気にしてませんってばぁ」

『はい…』

「小石、後藤が気になるなら作りに行ってやったらどうだ?」

『あ、妙案ですね雑賀さん』

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「はぁあぁあっ!!!?」
「させるかっ!!!!」
「………………」

『おぉふ…!』




雑賀さんの提案にしばらく無言の後、勢いよく席を立つ男子三人。だから落ち着いて食べてください




「ちょ、せ、先輩がオレ様んち来るんですかっ!!?そんで飯作るんですかっ!!?そ、そそそんな心の準備できてないんですけどぉっ!!?」

『ああ、ご心配なく。エロ本が何冊あろうと年頃男子なら仕方ありません』

「そんなもんありませんからぁあぁあっ!!!」

「………………」

『風魔くん、いったん抜いたフォークを再びグサグサしないでください。しかもそこ、黒田くんの机ですよ』

「何故じゃあぁあぁあっ!!?やめろ風魔っ!!つか年頃の娘が男の家に気安くっ…!」

『…どこの親父ですか』

「風魔や後藤が取り乱すのは分かるが…黒田、何故お前が後藤宅への小石の訪問を拒む?」

「そ、それは、その…」

「それに誰が、小石を男と二人きりにすると言った」

『ん?』




隣の雑賀さんがそっと肩に腕を回してくる。その動作があまりにも自然でどこのイケメンですか

そして優しく肩を抱き、ふっと笑う





「我らも小石の手料理をいただこうじゃないか」













『あ…すみません後藤くん、買ってきた卵はここに入れていいですか?』

「す、好きに入れ替えちゃってくださいよぉっ!!先輩がオレ様んちの冷蔵庫、さ、触って…!」

「…黒田、お前の後輩は大丈夫なんだろうな」

「又兵衛は奥手を拗らせただけなんだ…おい、又兵衛!机の上、片付けていいか?」

「ぁあ゛っ!?官兵衛さぁん勝手に触らないでくれますぅう?」

「この差っ!!!」

『あ、すみません風魔くん。先に鍋を洗ってくれませんか?』

「……………」




そして次の土曜日。大量の食材を抱えた私たちは、後藤くんが一人暮らしをするアパートまでやって来た

シロとクロは学校で面識があるためか、雑賀さんや風魔くんを警戒もせず足元でじゃれ合っている…黒田くんは毛を逆立てて威嚇されたけど




『とりあえず今夜は鍋にしましょう。後藤くんたちは座って待っててください』

「ナキせんぱぁい、できれば玄関でお迎えから“あの台詞”まで通してやって欲しいんですけどぉ…」

「後藤、湯に沈むか?飯抜きにするか?それとも眉間をぶち抜かれたいか?」

「チィッ…分かりましたよぉ、ナキ先輩の金魚のフンめ…」

「又兵衛は雑賀や小生に任せろ!まぁ、何かあれば呼んでくれっ」

『はい、あまりよそ様に振る舞ったことはないので…緊張しますね』

「ははっ!!いいさ、どんな料理でも小生が全部食ってやる!」

『…もしもの時はお願いしますね、黒田くん』












『お待たせしました』

「なんじゃこりゃあっ!!?」

「こ、これは…!」

「せ、せせ先輩…これ、何鍋、ですか?」

『え?何鍋…特に考えず買ってきた物を加えたんですが』

「……………」

「おい、逃げんな風魔っ!!席につけっ!!!」




狭い台所から鍋を抱えて戻ったナキ。部屋の真ん中にある小さな机にそれを置けば…皆が固まった

あまりの衝撃に言葉を失う雑賀、震える手でソレを指す又兵衛、一目散に逃げ出そうとする風魔を小生は捕まえた


湯気が立つ鍋の中では、具を具として認識できないぐちゃぐちゃな何かがひしめき合い…何故か甘酸っぱいにおいが部屋に充満していく




「まさか…!」

「ナキ先輩って…料理苦手系な女子ですか?」

『え?』

「な、なんでもないですよぉあははぁっ…!う、ウマソウダナー」

「ぐっ……!」




又兵衛は濁したが間違いない、ナキは典型的な料理ができない女だ…!

それはあの雑賀や風魔も知らなかったらしく、顔を曇らせながら鍋を覗いていた。誰も割り箸を割ろうとしない




「ど、独創的だな小石…私はお前のそんな感性が好きだ」

「こんな時に褒めてどうすんだ…!いや、まぁ、はははっ!!そうだナキっ!!ポン酢はあったかっ!?」

『ポン酢ですか?』

「鍋と言えばポン酢じゃないか、確か買い出しでは買わなかったよなっ」

『そうですね、ポン酢…分かりました、ちょっとスーパーに行ってみます』

「……………」

『え、風魔くんも一緒に?大丈夫ですよ、ポン酢だけですから1人で行きます。皆さんは冷めないうちに食べててください』

「……………」

「風魔、お前さん逃げようとしてただろ…!」




財布を片手に部屋を出て行ったナキ。それを見送った小生たちは、再び煮立つ鍋と向き合った

今まで出会ったことのない鍋であるのは間違いない。問題は味だ




「くっ…!」

「っ、やめろ雑賀っ!!早まるなっまだ様子を探れ!」

「だが小石のいない今こそ好機、味を確かめなければっ…!」

「ぁあ゛?せ、先輩がいない間もかっこつけるんですかぁ?お、女は引っ込んどいてくれませんかねぇ…!」

「後藤っ…!」

「ナキ先輩の手料理…ひ、一口目はオレ様が食うって決めて…!」




パクッ





「……あ」

「……あ゛」

「風魔ぁあっ!!?」




どちらが先に食うか雑賀と又兵衛が争っていた中、先陣を切ったのは風魔だった

いつの間にか割っていた箸でおもむろに具を掴み、一口で頬張る。そのままもぐもぐと口を動かす様を皆で見守った




「……………」

「ど、どうだ風魔、食えるか?」

「酸っぱいニオイは隠し味か何かか?レモンか、はたまた酢か…」

「…そういや冷蔵庫に田舎から届いた梅干しが大量にありましたねぇ……かなり古いですけど」

「梅干し?」

「古い、梅干し」

「……………」

「……………」

「……………」




・・・・・・・。




ばたんっ




「風魔ぁあぁあぁあっ!!?」

「……………」

「しっかりしろ風魔っ!!我らに味を伝えるんだっ!!無駄死にをするなっ!!」

「つか風魔先輩が最初に食ってもオレ様たちに食レポできなくないですかぁっ!!?人選ミスじゃないですかぁコレっ!!」

「くそっ!!古い梅干しとか味以前に消費期限的に大丈夫なのかっ!!?」




いや、梅干しは日持ちするだろうしもしかして…いやいやいや、それでも味に問題があるっ!!




「ふ、風魔がダメ…残りは三人だ」

「小石が戻るまで最大でも10分しかないぞ…!」

「の、残すって選択肢ないんですかぁ?」

「馬鹿を言うな!せっかく我らのために小石が作ったんだ。一口も食べず残しては…小石が傷つく」

「……………」




そうだ、さっき。料理をする前にナキは緊張すると言っていた。あのナキがだ

他人に料理なんざ作ったことないんだろう。不安だったはずだ、それでもアイツは又兵衛の、小生らのために必死に…


それに、約束したじゃないか





「っ……官兵衛さん?」

「おい黒田、何をするっ」

「二人とも、箸くらいは割っとけ!いいか、ナキには言うんじゃあないぞ!小生らが墓場まで持って行く秘密だっ!!」

「っ…………!」

「ぐぉおぉおっ!!男は気合いじゃあぁあぁあっ!!!」




まだ熱い鍋を両手で抱えて持ち上げる!傾けた鍋の底にはやっぱり真っ赤な梅干しが見え隠れ、怪しい臭いも鼻を突く

だが、それでも約束したんだ。どんな料理でも食ってやると




「うぉおぉおっ!!!!!」













『すみません、遅くなりました…あれ、黒田くんは?』

「戻ったか小石。黒田なら用事を思い出したと言って帰ったぞ」

『そうですか、せっかくポン酢…風魔くんは寝ちゃってますね』

「腹一杯になったからじゃないですかねぇ先輩遅いんでぇ、鍋なくなっちまいましたよぉ?」

『え、まじですか』




アパートに戻った私が鍋を覗き込めば、確かに空っぽ。汁も飲み干され底には無数の梅干しの種が残されているだけだった

すまない、と笑う雑賀さん。ごちそうさまと手を合わせる後藤くん。寝転んだままな風魔くんがぐっと親指を立てた


…完食、ですか





『まずかったでしょうに…お口直しのアイスも買ってきました』

「………ん?」

「………へ?」

「……………」

『私、料理苦手なんですよ。今回は百聞は一見に如かず、で皆さんにそれを体験してもらおうかと…梅干しで味を誤魔化そうと試みましたが』

「……………」

「……………」

「……………」

『私なら絶対に完食できません。もしかして気を遣わせてしま…あれ、目を押さえてどうしたんですか?』

「いや…小石は気にするな…我らが勝手にしたことだ」

「官兵衛さぁん…オレ様、アンタのこと、忘れませんからぁ…!」

「……………」

『????』






20150323.


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