獣のキス
『……………』
「ん?って、うわっ!?な、何をやっているんだお前は…」
『あ、かすがさん。いえ…少し』
「少し何があれば学校のトイレで顔を洗うんだ」
休み時間に髪型を直そうとトイレへ行けば、顔を合わせたくない先客…ナキがいた
関わりたくないと顔をしかめつつも思わず声をかけてしまう。洗面台の前で口元を押さえながら蛇口を閉めるナキ…口を洗っていたのか?
「…なんだ、気分でも悪いのか?孫市にでも言って保健室へ行けばいいだろう」
『いえ、お構いなく…ちょっと獣に噛まれただけですから』
「獣?」
『では、失礼します』
そう言うとナキは私の横を通り過ぎ、さっさとどこかへ行ってしまった…なんだ、今日は妙に大人しい
そして、獣なんて学校にいるはずがない。それに口を噛まれて、そこを洗って、元気がなくて…
「まさか…誰かに無理矢理キスをされた、とか…いや、ナキに限ってそれはないな」
そんな少女漫画みたいな…
ガシッ!!
「その話…詳しく聞かせてもらおうか」
「ひぃっ!!?」
ガッシリと掴まれた肩
背後を振り向けば鬼の形相な孫市が殺気を振りまきながら立っていた
「どこの男だっ!!嫌がる小石を無理矢理に連れ込みその純粋を汚すなんてっ…!」
「お、落ち着け孫市っ!!その言い方は止めろ、あと、そこまで言っていない上にこれは私の憶測であって…」
「これならば私が奪っておけばよかった…!」
「その発言は内々だけにしてくれ頼むからっ!!お前、ナキのことになると本当に見境がないなっ」
イライラと足音を鳴らしながら廊下を歩く孫市。私も大きな声で奴の発言を誤魔化す、やめろ、嫌な噂が流れるだろ
だが、あくまで憶測だとしても…無理矢理が事実とすれば、黙ってはおけない
「…ナキもあれで乙女だからな。ファーストキスであれば、ショックも大きいだろう…」
「くっ…!待っていろ小石、我らが必ず犯人を見つけ風穴を開ける…!」
「い、いや、ナキが大人しくされたままも怪しい。犯人はすでに返り討ちにあっている可能性も…」
「犯人が仲間であったなら、小石も反撃できなかったかもしれない」
「仲間?」
「おい風魔、お前、小石の唇を奪ったか?」
「もう少し遠回しに聞けないのかっ!!?そんなストレートに聞いて答えるわけがないだろうっ!!」
「………………」
おいおい何の話だ?と言いたげに首を傾げた風魔は、放課後の教室で折り紙を折っていた
いつもは放課後だろうと休み時間だろうと関係なくナキと一緒なのに…今は一人。確かに怪しい
「…それより風魔は、ナキが好きなのか?そんな話は聞いていないが…」
「友達だろうが突然ムラッときたんだろう」
「おい、やめろ、お前のイメージが崩れる」
「どうなんだ風魔?小石にキスをしたのか?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…おい、風魔が動かないぞ」
「ああ…小石が誰かにキスされた事実を聞いて、ショックを受けているようだ」
「…………は?」
孫市がもう一度キスと言うと、さっきまで固まっていた風魔がガンッ!!と机に頭を打ちつけた!
それは一度で治まらず、二度、三度とガンガン…って、待て落ち着けっ!!
「やめろ風魔っ!!私の勘違いかもしれないんだ、ただ気になって調べているだけで…!」
「私たちの大切な小石が他の男に汚されたかもしれない…」
「煽るなっ!!い、いや、解った、お前じゃないのは解ったからっ…」
「・・・・・・」
「う゛……!」
バッと顔を上げた風魔は耳と鼻…前髪で見えないが恐らく額も真っ赤にしながら、ものすごい勢いで鶴を折り始める。千羽鶴か
「かすが、次に行くぞ」
「は?お、おい、風魔を放置して大丈夫なのか?」
「軽い禁断症状だ。小石が来れば治まる」
「いつも起こすのか禁断症状…し、しかし…」
…これは友情の域ではない
チラリと風魔をうかがえば、確実に失恋モードに入っている…これを治すにも犯人を早く見つけなければ
「だが風魔でないなら誰だ?こんな時にあれだが、ナキに友達は少ないし…」
「あとは…アレだな」
「あれ?………アレか」
「アレだ」
「ぁあ?何ですかぁお前ら…あー…確かナキ先輩と一緒にいる先輩でしたっけぇ」
ニーッ
ミーッ
「…なんだ、その猫」
「シロとクロですけど」
次にやってきたのは一年の廊下。そこで捕まえたのは後輩の後藤
その頭に乗る二匹の子猫。ああ、確かナキと後藤が見つけた猫か、前に写真を…
「って、学校に猫を連れてくるなっ!!」
「いや、ナキ先輩が会いたいって言ったんでぇ」
「理由が軽いっ!!」
「ぁあ?オレ様に文句なんて何様なんですかぁ?と言うかぁ、ナキ先輩がいると思ったからお前らの話聞いてやったんですけどぉ?」
「………………」
ババッ
孫市と共に後藤へ背中を向け作戦会議。どう思う?
「た、確かにこの後藤なら動機はありそうだ…経緯はよく解らないがナキを慕っているし」
「そうだな…だが現行犯でない以上、直ぐに処断はできない」
「ああ…証言させるか」
「それが早いがどうする?私は尋問の訓練は受けていない」
「なら何の訓練は受けているんだ…いや、とにかくさっきよりは遠回しに聞くんだぞ。さり気なくナキの話へ…」
「もういいですかねぇ、オレ様忙しいんで…ナキ先輩がどこ行ったか知ってるなら話は別ですけど」
「………は?」
ババッ
孫市と共に後藤を振り向く。頭の猫が髪を噛んだり引っ張ったりするのも気になるが、それよりもさっきの発言だ
「…ナキを探しているのか?」
「まぁ、昼休みの時はナキ先輩、逃げちまったんで…とりあえず謝っとかないとなぁっとか」
「………謝る?」
「いやぁ…あれは咄嗟につかナキ先輩が無防備に近づいたのが悪いつか思わずっつか仕方ないっつかぁ?」
まぁ、と一度呟いた後藤が斜めの方向を見つめながら頭を掻く
しばらくの間、その後、こいつは少し困ったような顔をして…
「…噛んじまったから、痛かったかなぁとか…」
・・・・・・・。
「…かすが」
「…ああ、コイツが黒だな」
ニーッ
「いや、猫、お前じゃない。お前の飼い主にようがある…おい、後藤。面を貸せ」
「ぁあ?」
「お前という男を許しはしない…!我らの小石を汚した罪は重いぞ!」
「お、落ち着け孫市っ!!相手は後輩だっ!!」
「なぁに意味わかんないこと言っちゃってんですかぁ?まぁ、ナキ先輩にくっついてるお前がいなくなるのは歓迎なんでぇ、受けて立ちますけどぉ?」
「お前も止めろっ!!相手は先輩で、女だぞっ!!?」
「………………」
「………………」
「ああ、もうっ…!」
孫市と後藤は殺気立って睨み合うし、猫はのんきに鳴いてるし、周りの生徒も騒ぎに気づいて集まり出すし…!
なんとかしようにも風魔は今、使い物にならない。謙信様を巻き込むわけにもいかない。私だけではっ…!
「あ……っ、黒田っどこだ早く来ぉおぉおいっ!!!」
「…ん?何やってんだナキっ」
『黒田くん…足、怪我ですか?』
「おう、毎度のことだが階段から落ちてな…お前さんもか?」
『………噛まれました』
「………は?」
『クロに噛まれました』
悲しい日課。階段で滑っちまった小生は毎度のごとく保健室へやってきた
今日のは盛大で、足を引き擦りながら中へ入れば先客のナキ。口を手で押さえながら棚を漁っていたが…クロに噛まれた?
『昼休み、後藤くんと一緒に猫と遊んでたんです。無理矢理頬摺りしてて…ちょっと調子に乗りすぎました』
「あ゛…最近、又兵衛が猫と登校してんのはお前さんが原因か」
『甘噛みなら可愛いですが、思い切り噛まれてしまって…直ぐに洗いはしましたが一応手当てはしておこうかと』
「そんなに酷いのか?子猫だろ、ちょっと見せてみろ…あ゛、傷になってるじゃないか!」
『え、そこまで酷くなってますか?雑賀さんにバレると心配されますかね…』
ナキがこっちを見上げながら手を外せば、ああ、確かに噛まれたような引っかかれたような傷が
深くはないが、そのまま放置するわけにもいかん。どうするかとナキの唇を見つめていたその時、視界の隅にあった保健室の窓から見えた光景
ありゃ、又兵衛…と、かすがと雑賀っ!!?なんで又兵衛がマドンナ二人と一緒に歩いてっ…!
「っ、て、うおっ!!?」
『あ……』
外の光景に驚いた次の瞬間、思わず痛めた足に力を入れちまって傾く身体
その方向には小生を見上げるナキがいて、もちろん体格差はある。小生の図体をナキが支えられるわけがない
倒れる流れはやけにスローモーション。さっきまで見つめてた唇がだんだんとその距離を詰めてくる
ああ、まずい。そんなことをぼんやり考えたがもう遅く−…
『んっ………』
「猫に噛まれたっ!!?それならはじめからそう言え…!」
『いひゃいれす…いや、言いましたよ獣に噛まれたって』
「はぁ…それでオレ様が疑われたんですけどぉ?どうしてくれるんですかねぇ先輩」
『許して欲しいにゃー』
「……まぁ、気にしてませんけど」
「許すのかっ!!?今の無感情な猫で許せるのかっ!?」
「ふふっ、小石の純粋が守れていたのならそれでいい。良かったな風魔、小石は綺麗だ」
「………………」
『…それ、ガチで千羽の鶴ですか風魔くん。いつの間に折ったんですか』
保健室で手当てをした後、体育館裏で決闘直前な雑賀さんたちに合流した
聞けば私と後藤くんがキスしたとかしてないとか。なんという事実無根
『…となると、私のファーストキスはクロに奪われたのですか。罪なオスですね、クロ』
ミーッ
『あ、妬かないでくださいシロ。そうですね、事故ならノーカンです』
「ケケッ…ナキ先輩はファーストキスはまだ、と」
『何をメモしているんですか後藤くん…事故はノーカン…まぁ、至極当然ですね』
「どうしたナキ?」
『……いえ』
シロとクロを膝に乗せ、その手を掴んでちょいちょいと動かす
そして…
『クマさんにも噛まれたにゃー』
「うぉおぉお…!な、何故じゃ、何故じゃぁあぁあ…!」
あの後、走って家に帰った小生は部屋に飛び込み明かりもつけずに吠えた
足の痛みなんてもう消えている。それよりも、あれは、事故だ、事故だったと自分に言い聞かせにゃならん
口元を押さえ記憶を消そうにも、思い出すのはあの柔らかい感触ばかり。アイツはいつもの無表情で気にするなと言った、だが…!
「っ……友達だ、小生とナキは友達だ、なのにっ…なのに…!」
罪悪感と後悔と、残りのコレは何だろうか
次の日のナキも普通で、いつもと変わらない会話を繰り返すのに…いつの間にかアイツが、女に見えちまうのが厄介で仕方ない
20150208.