Σ-シグマ-高校時代 | ナノ
恋と友情とラブレター


「でっ……でぇきたぁあっ!!」




チュンチュンと、風でガタツク窓の向こうから雀の鳴き声が聞こえてくる

朝の光がそこから注ぎ込み、擦れた畳の上にはぐしゃぐしゃになった紙がたくさん。それをシロとクロが転がして遊んでいる

何回も何回も何回も書き直した、彼女へ贈る愛の言葉




「ナキ先輩へのラブレター…!オレ様の気持ちを、たぁっぷり詰め込みましたからぁっ!!」

ニーッ

ミーッ

「待ってろよクロ、シロ。お前らが出逢わせてくれた先輩にぃ、オレ様の気持ち伝えてきますよぉ」




出逢いは運命的だったと思う。雨の日の放課後、子猫を連れた雨宿り

オレ様へ傘を傾けてくれたナキ先輩に…再会して、話して、過ごして触れて募らせて吐き出して書き出して…!


できあがったのはオレ様渾身のラブレター




「いける…これまでいい先輩後輩関係築いたんだぁ…きっといける…大丈夫…!」




きっと、先輩だって…















『おや、これは…』

「ん…なっ、ば、バカっ!!早く隠せっ!!」

『どうしたんですか、かすがさん?そんなに慌てて』

「お前はもっと慌てろっ!!そ、それ、ラブレターだろっ!!そんなもの孫市に見つかったら…!」

「詳しく聞かせてもらおうか」

「ひいっ!!?」

『あ、おはようございます雑賀さん。かすがさんが怯えてるので手を離してあげてください』




朝の学校。正面玄関で鉢合わせた私とかすがさんは、いつもの通り仲良く言い合いながら下駄箱までやって来た


そこで見つけたのは私の下駄箱に入った可愛いピンクの封筒で、何でしょうと首を傾げていると慌て出すかすがさん

そしてそんな彼女の肩を掴んで現れたのは…怖い顔をした雑賀さんだった




「小石にラブレターだと…!どこの男だ、名前を見せろ」

「ほら見ろ面倒なことになったっ!!私は知らない、犯人探しは勝手に…!」

『貴方に似た木漏れ日が降り注ぐ今日この頃、』

「お前も朗読を始めるな…!」

『いひゃいれす』




下駄箱の影で広げた便箋を覗き込む私たち。なんだかんだ、かすがさんも気になってるじゃないですか

冒頭の季節の挨拶に始まり、つらつらと書き綴られているのは…




「…これはラブレターなのか?」

「い、いや、何を書いてるのかさっぱりだ…手紙というかポエムのような…」

「ポエム…」

『ほら見てください。私なんかにラブレターが届くわけないじゃないですか』

「いや、ラブレターはラブレターだろ!誰が他人の靴箱にポエムを突っ込むんだっ」




最初から最後まで読み終えたそれは、情熱的な愛の詩だった。暖かな木漏れ日から始まり、生暖かな月夜、肌寒い紅葉、そして穢れのない粉雪まで

あの雑賀さんとかすがさんがドン引きする程、厨二的な文章で延々と愛が語られているんだ




「私には読み取れない…」

「私もだ。お前は本当に妙な男に好かれるんだな」

『だから、ラブレターじゃなくポエムの投函です。だって匿名ですよ、これ』

「…匿名?」

『名前がありません』




ほら、と指し示す便箋には名前がどこにも書いていない

ラブレターにおいて宛名も何もないものが存在するだろうか。今一度内容を確認した二人はふっと顔を見合わせる




「確かに…悪質な悪戯か?」

「罰ゲームかもしれないな、どうする?一応担任に相談してみるか?」

『いえ、罰ゲームなら炙り出すのは可哀想です。それに私、こんな言い回し嫌いじゃありません』

「言い回し?」

「ああ、小石は文学少女だったな。いつも暇があれば本を読んでいる」

『かの大作家を思わせる独創的な文章です。この作者さんも本が好きなのかもしれません』




うーんとポエムを読み返す私に、今度は少しだけ呆れた顔をする二人

さらに雑賀さんは苦笑して、小石らしいな、と




「残念だが、私はお前とその感動を共有することができない」

「根暗なナキらしい趣味だがな。もういいだろう、早く教室へ行かなければ遅刻するっ」

「ああ、私は職員室に用があった。すまない小石、先に教室へ行ってくれ」

『あ、はい』




じゃあな、と去りゆく二人を見送り私はまた便箋へ視線を戻す

…いい詩なのにな。確かにマドンナ二人は読書が趣味には見えないし、風魔くんも上杉くんもどちらかと言えば体育会系だ




『うーん…誰かこの情熱を共感してくれる人はいないんでしょうか』

「あ…ナキっ!!おはようさんっ」

『……………』

「ん?おーい、おはよー、ナキ、聞こえてるか?」

『いました、本しか友達がいない人』

「開口一番に貶されたっ!!?」

『おはようございます黒田くん』




ドスドスとその大きな身体で駆け寄って来たのは、珍しく遅刻していない黒田くんだった

そうだ、彼も一見体育会系に見えて実は読書が好きらしい。便箋をパタパタと閉じながらそんなことを思い出す




『いえ、黒田くんと私は同じ読書家だったと思って』

「読書家?まぁな、自慢じゃないが本はたくさん読んでるぞ!」

『詩的なものはどうですか?』

「ん?うーん…そうだな、詳しくはないが読まんこともない」

『ちなみに好きな詩人は?せーのっ』





尼子先生、


そう声を揃えた瞬間、私たちは互いに顔を見合わせる。まさかこんなところで彼と趣味が合うなんて

あのカッコつけた言葉選びがいいですよね、いや、今はその話じゃない




『突然ですが黒田くん、これ、読んでもらえませんか?』

「ん、なんじゃこりゃ」

『ぜひ感想を聞きたくて。趣味の合う黒田くんならなおさらです』

「あー…おう、よく分からんが読んだらいいんだな」

『はい』




お返事、楽しみにしてますね

そう告げて下駄箱を後にする私。今日は朝から面白いポエムが読めて満足です




『あ……今日は後藤くんがシロとクロを連れてくる日でした』




昼休み、教室に行ってみよう














『失礼します後藤くんはいま…』

「せぇえんぱぁあぁあいっ!!!!ごはっ!!!!?」

『おぅふ…』

ニーッ!!!

ミーッ!!!




昼休み。1年の教室に顔を出した私に気づいた瞬間、後藤くんがものすごい勢いで廊下に飛び出してきて…壁にぶつかった

ぶっ倒れる彼に駆け寄るシロとクロ。この子たちも若干テンションが高いようだ。何がありましたか





『…どうしたんですか』

「ナキ先輩っ!!へ、返事っ!!」

『返事?』

「あのっ、朝、靴箱にあったでしょう?ピンクの、あれ、」

『ああ、素敵なポエム』

「そうそう素敵なラブレ………ポエム?」

『ポエム』




ポエム、と言った瞬間、後藤くんとシロとクロが私の顔を見つめて…徐々に首を傾げていった

私もそれに合わせて首を動かす。あのポエムのことですよね




「す、素敵なポエムって…オレ様、そんなの、入れてない…ですけど…」

『後藤くんからじゃありませんよ、だって名前、書いてませんでしたから』

「……………」

『……………』

ニーッ…

ミーッ…

「あ゛あぁあぁあ゛ぁあぁぁあぁあっ!!!!?」

『おぅふ…』




しばらく固まった後、ものすごい声を出しながら廊下に頭を打ちつけ始めた後藤くん

その背中に乗ってカリカリ爪をかけ始めた二匹…え、ほんと大丈夫ですか




「わ、忘れてた…内容を練り直し過ぎて、名前忘れてましたぁあ…!」

『後藤くん?』

「っ、ノーカンっ!!アレは忘れてくださいナキ先輩っ!!あんなの無しですからぁあっ!!」

『いや、ノーカンと言われても…とても素敵な詩だったので』

「…………へ?」

『作者さんはきっと感受性が豊かなんでしょうね。こう、揺さぶられるものがありました』

「す、素敵…でしたかぁ?」

『はい、とても』

「へ…へぇえ!そうですか、そうですかっ…素敵…へへへっ」

『後藤くん、どうして嬉しそうな顔をするんですか?』

「べ、別に!じ、じじ次回作も楽しみにしててくださいよぉ、ケケケッ」

『あのポエム、連載だったんですか。そして後藤くんは作者を知ってるんですか?』

「そりゃあもう!天才で、素敵な、男ですよぉっ」

『そうですか』




しばらく楽しめたら嬉しいですね













「うぉおぉおっ!!!?こ、これは、ら、ラブレターじゃないのか…!なんて情熱的な…!」




放課後、ナキからもらった手紙を読んで小生は驚愕した

これは熱烈な愛を綴った文章で…読んでるこっちが恥ずかしくなる。あのナキにこんな一面があるなんて




「いやいやそれよりっ!!あのナキが、小生に手紙を渡して…し、しかも返事をくれなんて…!」




どうする、どうする、相手はあのナキだぞ。可愛げの欠片もない性格で、女らしい趣味も特技もない

けど一緒にいると楽しいな

いやいやっ!!小生たちは友達だっ!!合格発表で出会った日から少なくとも小生はそう思ってる

…だがナキは、友達以上に思ってたのか





「ぐっ…ど、どうする、又兵衛に相談…いやいや又兵衛もナキをっ…風魔だって…くそっ…!」




あらゆる友情の狭間で揺れる小生。この宛名のないラブレターには、強く握りすぎてぐしゃりとシワが入っていた





20150409.


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