境界線
※本編52話後の話
「っ―………」
「どうした、こじゅうろう?」
「いえ…何でもありません」
大谷に呼ばれナキが隣を駆け抜けた。並んで話す二人を見て、俺の眉間には厳しくシワが寄っているだろう
ただ…アイツが身体を傾ける度、その細い首から肩にかけた曲線にチラリと見える銀色の鎖
俺が先日、ナキに贈った首飾り
「…つけてんのか」
それだけで、二人が睦まじく話す様もまだ穏やかに見ることができた
いったいこの気持ちが何なのか…そんなこと、とうの昔に知っている
「竹千代ぉっ!!!使い終われば片付けろと何度言ったら分かるっ!?」
「ぎゃあっ!!?」
『あ、おいこら堅物男子!また竹千代くんの頭を殴ったなコノヤロー』
「っ…言って解らねぇからだろ!体に叩き込むのが俺のやり方だ!」
『未成年が一丁前に教育方針語ってんじゃないの!ほら、竹千代くんおいでーっ』
「ナキーっ!!こじゅうろのバァカ!」
「テメッ―……!」
『小十郎くん!』
「っ………」
ガキ共の扱いで、いつも俺とナキは衝突する
とにかく悪いものは悪い、と叱りつける俺。まずはなだめて促すナキ…これを褒めて伸ばそう主義だとこいつは言っていた
『頭を殴りすぎてお馬鹿になったらどうすんの』
「俺は昔っから厳しく育てられた」
『君は君、竹千代くんは竹千代くん。ほら大丈夫だよ竹千代くん、痛いの飛んでけ〜』
「っ……はぁ、んなもん…俺が悪役で、お前が味方にしかならねぇな」
『父親と母親の役目なんてそんなもんでしょ』
「っ、な、…!」
『ん?』
竹千代を撫でながら首を傾げるナキに、俺は少しだけ狼狽してそっぽを向いた
…こいつはサラリと平気でそんなことを言うから質が悪い。横目で確認すれば既に、視線は竹千代に戻っていた
『よしよし、じゃあ私と一緒に片付けようか』
「ワシが遊んだんだから、ワシが自分で片付けるぞ!」
『おー偉いね。ほら見なさい、竹千代くんはちゃんと分かってるよ』
「……チッ、もういい」
『あ……』
「ナキ…こじゅうろが怒ってたな」
『ん…竹千代くんが心配することじゃないよ、大丈夫だからね』
不安げに私を見上げてきた竹千代くんの頭を撫でる、もう君にそんなに怒ってないよ
そして彼が消えた扉をチラリと見る。まったく…堅物男子は、隠し事が本当にできないんだね
「…さすけみたいだった」
『佐助くん?』
「ピリピリしてて、プンプン怒って!こじゅうろうも、ししゅんきなのか?」
『あはー、それ言っちゃうと小十郎くんにも佐助くんにも怒られちゃうよ。それにあの子は思春期じゃないかな、別のもの』
「?」
『ほんと…厄介だ』
最近、アクセサリーをつけるようになった
少しだけ歪な三日月のペンダント。小十郎くんが私にくれたものであり、彼は私に装飾品を“ある意味”で贈った
『…若いって怖いな』
応えられないと知ってるくせに
報われないと分かってるくせに
だからは私は何も知らない様に、最後の日まで過ごすんだ
「………はぁ、」
「ため息なんぞつくな、此方の気も滅入る」
「いっ!!?てぇな大谷っ!!いきなり殴るんじゃねぇっ!!」
「ヒッ、ではその首にある鎖にて絞め殺されるが望みか。叶えてやらんこともない」
「っ!!!?」
「…われが気付かぬと思うたか。詰めの甘い男よなぁ」
「て、テメ……!」
「警戒するな、ぬしの物もナキの物も千切る気などない」
「…………」
ナキから逃げるように玄関に居た俺へ、大谷の杖による一撃が加わる
何だと睨めば奴は…俺が身に付けた首飾りを指差した。見えないようにと気を張っていたが、どうやらこいつには意味がなかったらしい
「わざわざ身に付けるとは舞い上がっておったか、ヒヒヒッ!!幼稚な男よ」
「…俺を馬鹿にしにきたのか」
「いや、それも楽しみだが…ちと助言でもしてやろうとな」
「テメェが俺に?どういう風の吹き回しだ、悪いがそんなもん…」
「執着はするな」
「っ!!!?」
「別に猿のような嫉妬ではないが…ぬしのそれは誰もが不幸となるだけよ」
いつもより、低く響いた大谷の声。だが俺にしか聞こえないよう圧し殺している
こいつが言いたいことは、ぼんやりとだが理解はできた
「…俺たちがいつかは、帰るってことか」
「何故、ナキがわれらだけに伝えたか…ガキらは狼狽えるであろ。それを落ち着かせ、受け入れさせるのがわれらよ」
「…………」
「ぬしがナキと離れることを惜しめば、ナキが知れば…悩ませるだけゆえ」
「…テメェは帰ることができようができまいが、どっちでもよかったんじゃねぇか?」
「ああ、われはな。だがぬしは違う、ぬしと主は…」
「っ!!!?」
「ヒッ…」
目を細めた大谷の言葉は、ただ俺に事実を再確認させるだけだった
『おぉう……伸るか反るか』
「止めろ、馬鹿か」
『うわ、いきなり背後に立つなよ堅物男子。ビビるじゃん』
「今の何処が驚いてたんだ。とにかく無理に高いとこの物を取るんじゃねぇよ、ほら」
『あ…ありがと』
「おう」
妙にぎこちなく棚の上の食器を取ってくれた小十郎くんと、ぎこちなくお礼を言う私
台所にやって来た彼のせいで何となく気まずい。二人きりになりたくないなぁ…あまりにも苦しくなったら梵を呼ぼう
「…………」
『じろじろ見るんじゃないよ堅物男子。穴が開いちゃうでしょ』
「…うるせぇな。テメェがよく言う屁理屈借りるなら、減るもんじゃねぇからいいだろ」
『うぉお…今日は徹底抗戦の構えかい堅物男子。受けてたつ』
「受けんな」
『……………』
ああ…今日の君はなんでそんなに機嫌が悪いんだ。その苛立ってる態度に、出かかった茶化した言葉を慌てて飲み込む
何となくは察せるがしかし…私から何も言えない。言っちゃいけない
『とにかく居間に行っといて』
「邪魔にはなってねぇだろ」
『用がないなら気が散るだけだから』
「じゃあ話がある」
『聞かない』
「聞け」
『後で。何なの今日の小十郎くん、ちょっとしつこい』
「普段と変わらねぇよ、とにかく聞け!」
『ちょ、掴まないでよ!ほんと、いい加減にして!』
「〜〜っ!!!」
『え………っ!!!?』
ガタッ!!!
『っ―……!…ぃ…たっ…!』
「っ、あ…!」
『なに、してくれてんの…堅物男子…!』
「わ、悪いっ―…!」
頭と体に走った激痛
傾いた体が床にぶつかると同時に見えたのは台所の天井と…私を見下ろす小十郎くんの影の掛かった顔
痛みを訴えて睨めば、ハッと我に返り謝ってくれたが…
『…一丁前に女を押し倒すかい、堅物男子のくせに』
「い、いや、これは、思わず…!」
『何が思わずだよ。とにかく退いて、起きるから』
「っ……い…や、俺は…」
『………小十郎くん、退いて』
「〜〜っ!!!」
『…………』
重力に逆らわず、彼の首からダラリと下がったペンダント。その先の月が私の胸元に触れるまで近づいている距離
そして悲し気に苦し気に寄せられた彼の眉間のシワ。それを見た私はゆっくりと息を吐いた
右手を彼の、頭に添える
『君は賢い子だよ』
「っ!!!?」
『私なんかに手を出したって、後悔するのは君なんだよ。解ってるよね?』
「テメェ…!」
『…聞いて』
君は、勘違いしてるだけだから
異性である私との共同生活。そして主である梵が私を君の嫁だと繰り返す
だから君は君の気持ちを勘違いしてるだけだよ。そう言い聞かせるように話しかければ、シワが一層深くなった
「…勘違いなんかじゃ…ねぇ…!」
『このペンダントも、浅井先輩に言いくるめられただけ。単なる私への贈り物』
「違う…!自己満足だ、俺は…ナキがそれを着けてりゃ…!」
『小十郎くん、冷静になって。落ち着いて考えれば大丈夫だから』
「〜〜っ!!!…くそっ…!」
『っ………はぁ、ほんと厄介だね』
ごつんと、私の肩に彼の額がぶつかった
誰かに何かを言われたのか。はたまた自分で自分の感情のやるせなさに気付いたのか。どちらにしても泣きそうな彼の頭をゆっくり撫でる
「…俺が、年下だから…余裕がねぇか」
『君が年上だったとしても、その気持ちは勘違いだよ。だから早く気づいて』
「解らねぇ」
『解ってるでしょ。一時に流されちゃダメだよ…ね?』
「…………」
「ナキと共に居たとて…ぬしの妻にはできぬぞ?」
「っ!!!?な、なに言ってやがる!俺は、そんなつもり…は…!」
「無いければよい、それでよいのよ。アレを愛しながら他の女を愛でるなど堅物のぬしにはできぬ」
「っ………!」
「ぬしほどならば縁談話も山の如きであろ?それでありながら一時の女にナキもできまい、ヒヒッ、嗚呼、ちと醜い下世話な話か」
「…………」
『…小十郎くん?』
「納得できねぇ」
『うん、しなくていいから。私なんかを…』
「…………」
『私を…』
好きになんかなっちゃダメだよ
君のその視線は嬉しかった
そしてきっと…諦めてはくれないのだろうけど
20131027.
堅物男子の気持ちはバレバレ
本編で書くとあまりにも堅物男子が報われないので、番外編として√分岐補足
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