子連れ赤狼
『………じゃあ、気がついたらこの部屋に居たんですね?』
「いかにも。佐吉とわれは共に居らなんだはず」
「私は…刀のけいこをしていた」
『…………』
とりあえず刀の稽古ってのはスルーしておくとして。二人は知り合いで間違いないらしい
しかし…いったい何処から迷い込んだのやら
『いや、警察に保護してもらうのが正解だけど…この様子じゃちょっと…』
さっきから不思議なことばかり。彼らは携帯もテレビも知らないんだ
窓から見せた景色に佐吉くんは悲鳴をあげたし、さっき気付いたけど彼らは着物だ
『…タイムスリップとか…なんちゃって』
それなら記憶喪失って方が信憑性がある。一人で苦笑していると遠慮がちに佐吉くんが見上げてきた
『ん?どうしたの?』
「…………」
「佐吉はぬしを何と呼べばよいか解らぬのよ」
『あ…そうだね。私は小石ナキっての。ナキでいいよ』
「氏…貴様はどこかの姫なのか?」
『うお、名前を教えたのに貴様呼びかい佐吉くん』
いや、それよりも。姫ってなんだ姫って。まさかの発言に驚くが…彼は彼できょとんとした顔をしている
…可愛いな、将来はイケメンだぞ佐吉くん
『私は会社の平社員だよ。毎日会社に行ってそれとなく働いて、それとなく帰ってきてる』
「女のくせに室に入らず働いているのかっ!!?」
『・・・・』
私の発言にビックリしてる佐吉くん、いや、こっちがビックリだよ
そして腹抱えて笑ってるんじゃないよ刑部さん
『…刑部さん、どんな育て方したんすか』
「育てておらぬ。しかしまぁ…ぬしはわれらの知る女子といくらか違うようではあるな」
『佐吉くんも私の知る子供とだいぶ違いますけどね』
私には慣れてくれたようだけど、ときどき見せる鋭い殺気。もともとの目付きは抜きにしても、とても普通の子には見えなかった
そして刑部さんに向ける信頼
『…やっぱり、外に出ちゃ駄目です。警察、駄目、絶対』
「けぇさつ?何だそれは」
『んー…正義の味方だけど、君にはちょっと違うかな』
彼らを警察に出せば私は厄介事から解放されるだろう。けど刑部さんはあまりにも不審者。おまけに不法侵入
警察沙汰にすればきっと、刑部さんと佐吉くんは引き離される
この子から刑部さんを奪っちゃいけない。どこか本能で私は感じていた
『常識なんて入社して一ヶ月で捨てたし、今さら人間拾っても不思議じゃないか』
「…ぎょうぶ、ナキは何を言っている?」
「われらを犬か猫と認識しようとしておるわ…気持ちは嬉しいが、われらはぬしの迷惑になりに来たのではない」
『迷惑なんて…そりゃまぁどうしようかと悩んでますが』
出ていこうとする彼らを引き止めたのは私。それを「やっぱ無理」と捨てるなんてできない
一般的なマンションではあるが、彼らを預かるくらいの余裕はあるはずだ
『…しばらく、ここに匿いますよ』
「しかし…」
『よかったですね、佐吉くんが一緒で。刑部さんだけなら迷わずサツに突き出してました』
「…ヒッ、おっかない娘よなぁ。天ももう少し淑やかな娘の所にわれらを…」
『よし、出ろ。表に出てください、無理なら引き摺り出しますよ』
「ぎょ、ぎょうぶに何をする気だ貴様!私が許さないっ」
「ヒヒッ、ヒーヒヒヒッ!やれ、われを殺りたいなら佐吉を倒してからよ」
『子供を盾にするとは…!刑部さんは鬼ですねっ』
「鬼でもなければ刑部でもないわ、本名はな」
『っ………』
「われは大谷吉継…これは石田正継が次男、佐吉よ」
「………」
『…ん、大谷吉継さんと石田佐吉くんね』
「まだ…ぬしが何者かは解らぬ。解らぬが…」
ヒッと小さく笑った刑部さん、うっすら開いた口から見える八重歯に息を飲んだ
「よろしく頼む」
『うん、よろし…』
……石田?
大谷吉継?
『…………』
「ナキ…?」
『あ、えっと、晩御飯!晩御飯にしようかっ…あはは…』
………関ヶ原?
20130106
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