迷子の迷子の虎と鬼


 

『…で、あと二、三日くらい有給休暇ください先輩』

「馬鹿か貴様っ!!わが社に事務は貴様しか居ないのだぞ、それを急に休むなど…」

『いやぁ、いろいろあるんですよ女の子には』



刑部さんと佐吉くん用の服が入った袋。それを抱えて人混みを歩きながら会社の先輩に電話をする

もともと一人暮らしだった私。成り行きで二人を匿うことになったが、服や布団は持ち合わせてなくて



『はは、貯金してて助かりましたよ。無趣味万歳』

「何の話だっ!!?それより、私と部長をあと三日も二人きりにするのか…!?」

『んー…ほら、駅前のケーキ?あれプレゼントしますから、奥さん好きでしょ?』

「う゛……し、仕方ない。部長には私から話をしておく」

『ありがとうございまーす…ところで浅井先輩って歴史好きですよね?』

「ん…ああ、まぁな」

『大谷吉継って刑部なんですか?』

「関ヶ原で石田三成と共に奮闘した武将だな。刑部少輔とは大谷の官位だ」

『…ちなみに石田三成の幼名は?』

「佐吉だ」

『・・・・・』



電話の向こうでうんちくってた先輩は無視して通話を切る

…関ヶ原。私のぼんやりとした記憶は間違いじゃなかった。まさかのタイムスリップ説が有力視



『まさか、そんなわけ…でも本当ならますます匿わなきゃいけないじゃん!』



焦ると同時に少しワクワクしてきた。だってタイムスリップとかすごくない?

いつのまに私はスリルを好むようになったんだろう



『…あ、それより。刑部さん、足が悪いみたいだったけど怪我かな?ちゃんと見な…ん?』

「うぇえぇ…っ!!!」

「な、泣かないで…泣かないでよ」

『…兄弟?』



視線の先には男の子が二人。小学校低学年くらいの小さい子と、もう一人は中学生だろうか。銀髪やばい、地毛?



『迷子かな…お兄ちゃん、頑張れ〜』

「う゛ぅ…さ、さすけぇ…!」

「あ、う、な、泣いちゃダメだよ、男の子なんだからっ」

「うぇぇぇっ!!!」

「う…な、泣いちゃっ…ふぇぇぇんっ!!」

『お前もかっ!!』



ついに銀髪中坊まで泣き出してしまった。周りの大人たちは迷惑そうに眺めるだけ

…薄情者め。私は袋を抱え直し二人に駆け寄る



『大丈夫?迷子かな?』

「ひぃっ!!!?」

『こらこら、お兄ちゃんが悲鳴あげてどうすんの』



声をかけるなり銀髪中坊は飛び上がって悲鳴をあげた…けど涙は止まったから結果オーライ

涙と鼻水でぐちゃぐちゃだけど整った顔の子だ。ただ気になるのは左目を隠す眼帯…怪我?



「え、と…」

『通りすがりの平社員だよ。よしよし、弟くん。もう大丈夫だよ』

「うぇっ…うぅ…さ、すけは…?」

『…君のこと?』

「お、俺は弥三郎だよ」

『うわぉ…なんという古きよき名前』



えんえんと泣きながらサスケくんを探す弟くん。しかしまぁ、なんとなく嫌な予感がしてきたぞ



『…着物だよね二人とも。おまけに迷子か』

「お、お姉ちゃん…ここ、どこか知ってる?俺、庭に居たのに…」

「さすけぇぇっ…うぅ、ははうぇぇっ、…!」

『………』



…間違いない、この子達も刑部さんや佐吉くんと同じ迷子だ

ぐっと顔をしかめた私に弥三郎くんはまた涙を浮かべる。大丈夫…たぶん。私は曖昧な返事を返した



『何が起きてるんだか…まったく、スリルのレベルじゃないよ』

「っぅ…ふぇっ!!?」

『大丈夫だよチビッコくん、ナキ姉ちゃんに任せなさい!』



未来の戦国武将(仮)がやって来た。そんなこと誰も信じられないだろう、私も信じない

ただ、やっぱり泣いてる子を放っておくなんてできない性分だから



『…けっこう重いな君は』

「っ……!」

『名前、言える?私はナキだよ』

「…弁丸でござる」

『よし、弁丸くん。お姉ちゃんとこ来る?サスケくんが見つかるまで』

「っ…!だ、ダメだよ!」

『う?』



弁丸くんを抱き抱えて家に誘うと、弥三郎くんに思いきり服を引っ張られた

首、絞まる。力強いぞこの子



『んー…?』

「し、知らない人についていっちゃダメだよ弁丸!誘拐だよ!」

『こらこら大きな声でなに言ってんの!保護だよ、保護』

「で、でも…!」



弥三郎くんも迷ってるんだ。いきなり知らない場所にやって来て、知らない女が男の子と自分を拐おうとしている

…あ、私、悪人だ



『ん、そうだね…じゃあ弥三郎くんに質問するよ』

「な、なに…?」

『これから私に誘拐されてくれる?そしたら屋根のある家と布団、美味しいかは分からないけど食事をあげる』

「っ……!」

『それが無理なら外で泊まろうか。けど君らを残すわけにはいかないから、私も一緒にいるよ』

「……」

『どうする?』



私が抱えたままの弁丸くんは、ギュッと服を掴んでいた。泣き止んでる、うん、いい子



「…ナキどのも外に?」

『うん、一緒に野宿』

「お、おなごが外でなどダメでござる!」

『いや、君らを放置する方がダメなんだけどね』

「あ、あの…!」

『ん?』



じっと私を見上げてきた弥三郎くん

戸惑いとか恐怖とか安堵で潤んだ瞳が必死に私をとらえる。ちょ、上目遣いは反則じゃ…




「お、俺らを誘拐、して…くださいっ…」





拝啓、浅井先輩

ナキは犯罪者になりました



20130107.
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