この指止まれ
家に帰ると知らないお兄さんが部屋で座ってました
『・・・・』
「…………」
『…こ、こんばんは』
ジリジリと出口に向かいつつ、お兄さんを見てその手元を見て再びお兄さんを見て…手元を凝視した
だって彼はその腕に…小さな男の子を抱えていたんだから
『こ、子連れで強盗っすか…いや、若くして父親とか同情しますけど』
「われの子ではない、佐吉よ」
『…………』
佐吉と呼ばれた男の子はどうやら眠っているらしい。顔は見えないけどサラサラな銀髪に目をひかれた
そして私の頭に浮かんだのは“誘拐”の二文字
『っ−…悪いことは言いません、出頭してください!』
「はて…われは何も悪いことなどしておらぬ。ここにも知らぬ間に居ったのよ」
『そんなわけないじゃないですか!』
ここは私の家。鍵は私が持っていた、もちろん閉まってた
なのに…顔を青くする私を見て、彼はヒヒッと小さく笑う。お世辞にも耳触りがいいとは言えない声
『警察呼びますよ!早く出て…!』
「ぅ………」
『っ!!!?』
「やれ、ぬしが怒鳴るゆえ佐吉が起きたではないか」
彼の腕の中で小さく唸った男の子がゆっくりとした動きで振り向く
独特な形の前髪だな…第一印象はそれだった
「…………」
『…………』
「だれだ…?ぎょ、ぶ…?」
「起きたか佐吉、われはここに居る」
ぎょーぶと呼ばれたお兄さんを見上げ目を見開いた佐吉くんは、次に私に視線を移してきた
それは恐怖だったり敵意だったり…初対面の人に子供が向けるそれよりも鋭い気がする
『っ…と、とにかく!ここは私の家なんです、出て行ってください!』
「…ぬしがわれらを拐ったのではないのか?」
『なっ−…!?』
目を細めた彼は言う。私が犯人扱い?身に覚えのない濡れ衣に苛立つと共に、私の中の危険レーダーが反応した
…彼らは、何かおかしい。彼らに関わってはいけない
『〜〜っ!!!今すぐここを出てください!』
「それは何だ?」
『携帯電話です!』
警察に電話するぞと見せつけた携帯電話。しかし彼らは物珍しそうに眺めるばかり…なんなんだいったい
「き…貴様は私たちの敵なのかっ!?」
『へっ!!?』
「貴様は私を殺すのかっ!!?わ、私は−…!」
「止めよ佐吉、この女は殺意など持たぬ」
『…………』
私に向ける敵意を強めながら佐吉くんは叫んだ。それを止めるお兄さんが怯える佐吉くんの頭を撫でてやる
われが居る、われが佐吉を死なせはしない、と
『…こ、子供に…なに言わせてるんですか』
「すまぬなぁ…ぬしはまことに、われらを知らぬのか?」
『ええ、まぁ…』
「そうか…扉はそっちか?」
『っ………』
佐吉くんを膝から降ろしたお兄さんは、ふらりと玄関に向かっていく
あっさりと去る姿に拍子抜けした…次の瞬間、彼の体がぐらりと傾いた
『危ないっ!!』
「っ……嗚呼、すまぬ」
「ぎょうぶっ!!!」
「佐吉、喚くな。ちと足を滑らせただけよ…ヒヒッ」
咄嗟に支えた私の手を払い、お兄さんは佐吉くんの手を引いて再び出口を目指す
ただ、やっぱり足元はおぼつかない。フラフラしてて、ついには壁に手をついて…とても一人で歩けるようには見えなかった
『…………』
「っ…面倒な体よ」
「ぎょうぶ…」
『〜〜っ!!!』
佐吉くんが悲しそうに呟いた瞬間、私はお兄さんの服を掴み力一杯引き寄せていた
バランスを崩した彼は咄嗟に私の肩に手を置き、そして私と向き合う
黒い前髪から覗くのは、黒と白が反転した不思議な瞳。それを見開き私を見下ろしていた
「…………」
『…は、話は…聞きます』
「しかし…」
『こんな時間に子供と怪我人、放り出すほど薄情な人間じゃありません』
だから座ってください
そう伝えればお兄さんよりも、佐吉くんの方が安心したような顔をしていた
20130106
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