迷子の私の手を引いて


 

泣きじゃくる私の手を引く人がいた

何だったっけ…ああ、“迷子”だ。迷子になったんだ



家族旅行に出かけた日。早々に私は迷子になってしまった。その手を引く知らない人


心細くて泣いていた私の手を黙って引いてくれていた。ずいぶん年上だったような、それとも同じくらいの人だったのか

記憶は曖昧で見上げた彼の顔も覚えていない

ただひとつ、彼は私に言ったんだ



君が大きくなった時

泣いてる人の手を引いてあげなさい



今、自分がしているように

だから大きくなった私は泣かないと決めた






『…てわけで、私に泣き顔を求めないでください明智部長』

「それは残念ですね、ですが安心してください。泣き顔も好きですが悦び狂った笑顔も大好きです」

『ははっ、安売りする笑顔も持ち合わせてないんですよ、あ、浅井先輩。これ会議の書類です』

「あ、ああ…」



迫り来る部長の顔をペン先で威嚇しつつ、出来上がったばかりの書類を先輩に手渡した

今日も元気に通常勤務。最近著しく売上を伸ばしているわが社、名前は織田貿易。そこでの事務が私の仕事



「…入社したての頃はビクビクと小動物のように怯えていたのに」

『そりゃビビりますよ。どう考えても裏で取引されるような代物が商品ですからね』

「合法商品だっ!!最近、わが社の評判が悪いのは貴様のせいか…!」

『内部告発なんかしませんよ、命が惜しいですから』



入社して数年。社長を含め、会社を敵にまわしてはいけないと悟っている

私のような一般人が働くべき会社じゃないことも。ほとんど社員は身内だしね



『あ、そうだ部長。織田社長から伝言です、至急社長室に来いって』

「いつの話ですか?」

『……今朝?』

「もう昼過ぎではないかっ!!」



怒鳴る浅井先輩に対し、明智部長はおやおやと呟いただけ。そしてふらっと部屋を出て行った



「…相変わらず貴様に甘いな、部長は」

『ですよね〜』

「たまには笑うなりしてやったらどうだ?」

『…ん?』



打ち込み作業をしていた手を止め先輩を見上げる。まさかのアドバイスに驚いた

私は泣かないと決めた、けど笑わないつもりはない



『いや、だってあの変態が調子乗るじゃないですか』

「ついに変態よばわりかっ!?貴様も部長の好意に気づいているだろ?」

『……まじですかっ!!?』

「あからさまだろっ!!?」



いや、別に部長が嫌いとかそんなわけじゃないが。流さないとやっていけないから

たぶん、慣れたと言ってもまだこの会社が怖い。それが先輩曰く“笑っていない”に繋がっているんだ



『んー…毎日が特に楽しいわけじゃないし。趣味があればいいんですかね?』

「趣味か…のめり込むことのできる何かを見つけてみろ」

『…子育て?』

「まず相手を探せ!」

『ですよね〜』



浅井先輩の指に光る結婚指輪が眩しい。新婚さんめ!お嫁さん可愛かったもんなぁ

じっと自分の指を見てみるけど…駄目だ、結婚指輪なんて想像できない




『……恋か』




思えば私の手を引いた人

彼が初恋だったかもしれない


20130106
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