アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

アイドル科の王さまと普通科の

Act.8  築き上げたものを垣間見る


秋に訪れた虚しさを抱えまま、季節は過ぎて冬へ突入した。
北国ほど積雪量が多いわけではないが、寒さは厳しい。


「息白い……。」


一瞬姿を見せて、すぐに宙へと消失する吐息。
去年はこれを見て、彼が何かを書き留めていた気がする。
落ち着いた様子で真剣に思考していた彼だったが、今年の彼ならこの景色をどうその目に映すのだろう。
酷く、気になった。


「寒い。」


言葉にしたところで何かが変わるわけではないけれど、どうしても口から零れる。
単語と共に吐き出される白の吐息が、また空気中に消えて行った。


「……。」


学院に近づくと、門のすぐ横に看板が立っていた。
再来年度からこの学院にプロデュース科というものが誕生するらしい。
噂では、来年度にその実施試験として1名入学させるとか。
なんて過酷な実験台なんだろう。可哀想に。


「……ああ、重症なのかな。」


意外と、彼はアイドル科じゃなくてプロデュース科でもやっていけるんじゃないだろうか。
そう脳内が切り替わってしまった事実が、やけに現実を突き付けてきた。


「あ〜ヤダヤダ、寒いわァ!」


頭や肩へと無造作に居座っている雪を払いながら、美人が歩いてきた。
朝陽のお蔭で雪が煌めいているからか、尚更相手の美しさが際立っている。
あ、彼ならばこの情景を見て何かインスピレーションとやらを湧かせそうだ。


「あらァ?」
「!」


ただ拝んでいただけなのに、それが不愉快だったのか。
相手がこちらを見て、足を止めた。


「……どうも。」
「ま! おはよう♪」
「おはようございます。」


よくよく見れば、どうやら後輩のようだ。
それにしても、いつだかの瀬名さんと同じく個性的な人物そう。
声や話し方だけでそれが伝わってくる不思議。


「あなた、随分と頭に雪が乗っかってるのね。払わないとダメよ?」
「あぁ……、忘れてた。」


いろいろ考えすぎていたのか。
頭を横に振っただけで、天から雪が舞い降りた。


「寒い……。」
「ウフフ、朝からぼーっとしているだなんて、可愛いのねェ♪」
「あなたの美しさには負けます。」
「あらヤダ! すっごく口が上手いじゃな〜い♪ 嬉しいわァ!」


身体をくねらせて、その人は心底嬉しそうに微笑んだ。
普通科一可愛いと謳われるナントカさんよりも、よっぽど可愛い。


「ナマエ〜!」
「あら?」


2人の空間を堪能していたのに、遠くから友人の声が響く。
何に対してなのか、目の前の彼は小首を傾げて少しだけ目を丸める。


「ナマエって、あなたの名前かしら?」
「はい。」
「ま! やだァ〜凄い偶然じゃなァい♪」
「偶然……?」


女性の動作のように、手を胸の前でぽんっと叩く。
こちらに近づこうとしたのか足を一歩踏み出すが、次の一歩は来なかった。


「う〜ん、時間がないわねェ。また、会ったときにゆっくりお話しましょ♪」
「はぁ……。」
「アタシは鳴上嵐よ。覚えておいてね、ナマエちゃん♪」


それだけ告げると、華麗にウインクを飛ばしてアイドル科の校舎へと入っていった。
この間出会った彼に対しても感じたことではあるが、鳴上嵐という人物の歩き方が酷く美しい……。


「ちょっちょちょナマエ!!」
「ちょっちょちょナマエって名前ではないんだけど。」
「今のって『Knights』の鳴上嵐!? そうだよね!?」
「……ないつ……。」


あれ、彼がリーダーを務める『ユニット』も確かそんな名前だった気がする……。


――「おれは『Knights』の王さまだからな! わははは☆」


何の話の流れかは忘れたが、彼は確かに楽しそうにそう教えてくれた。
そうか。ということは、あの人も彼からこちらの存在を訊いていたのか。





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