秋に訪れた虚しさを抱えまま、季節は過ぎて冬へ突入した。
北国ほど積雪量が多いわけではないが、寒さは厳しい。
「息白い……。」
一瞬姿を見せて、すぐに宙へと消失する吐息。
去年はこれを見て、彼が何かを書き留めていた気がする。
落ち着いた様子で真剣に思考していた彼だったが、今年の彼ならこの景色をどうその目に映すのだろう。
酷く、気になった。
「寒い。」
言葉にしたところで何かが変わるわけではないけれど、どうしても口から零れる。
単語と共に吐き出される白の吐息が、また空気中に消えて行った。
「……。」
学院に近づくと、門のすぐ横に看板が立っていた。
再来年度からこの学院にプロデュース科というものが誕生するらしい。
噂では、来年度にその実施試験として1名入学させるとか。
なんて過酷な実験台なんだろう。可哀想に。
「……ああ、重症なのかな。」
意外と、彼はアイドル科じゃなくてプロデュース科でもやっていけるんじゃないだろうか。
そう脳内が切り替わってしまった事実が、やけに現実を突き付けてきた。
「あ〜ヤダヤダ、寒いわァ!」
頭や肩へと無造作に居座っている雪を払いながら、美人が歩いてきた。
朝陽のお蔭で雪が煌めいているからか、尚更相手の美しさが際立っている。
あ、彼ならばこの情景を見て何かインスピレーションとやらを湧かせそうだ。
「あらァ?」
「!」
ただ拝んでいただけなのに、それが不愉快だったのか。
相手がこちらを見て、足を止めた。
「……どうも。」
「ま! おはよう♪」
「おはようございます。」
よくよく見れば、どうやら後輩のようだ。
それにしても、いつだかの瀬名さんと同じく個性的な人物そう。
声や話し方だけでそれが伝わってくる不思議。
「あなた、随分と頭に雪が乗っかってるのね。払わないとダメよ?」
「あぁ……、忘れてた。」
いろいろ考えすぎていたのか。
頭を横に振っただけで、天から雪が舞い降りた。
「寒い……。」
「ウフフ、朝からぼーっとしているだなんて、可愛いのねェ♪」
「あなたの美しさには負けます。」
「あらヤダ! すっごく口が上手いじゃな〜い♪ 嬉しいわァ!」
身体をくねらせて、その人は心底嬉しそうに微笑んだ。
普通科一可愛いと謳われるナントカさんよりも、よっぽど可愛い。
「ナマエ〜!」
「あら?」
2人の空間を堪能していたのに、遠くから友人の声が響く。
何に対してなのか、目の前の彼は小首を傾げて少しだけ目を丸める。
「ナマエって、あなたの名前かしら?」
「はい。」
「ま! やだァ〜凄い偶然じゃなァい♪」
「偶然……?」
女性の動作のように、手を胸の前でぽんっと叩く。
こちらに近づこうとしたのか足を一歩踏み出すが、次の一歩は来なかった。
「う〜ん、時間がないわねェ。また、会ったときにゆっくりお話しましょ♪」
「はぁ……。」
「アタシは鳴上嵐よ。覚えておいてね、ナマエちゃん♪」
それだけ告げると、華麗にウインクを飛ばしてアイドル科の校舎へと入っていった。
この間出会った彼に対しても感じたことではあるが、鳴上嵐という人物の歩き方が酷く美しい……。
「ちょっちょちょナマエ!!」
「ちょっちょちょナマエって名前ではないんだけど。」
「今のって『Knights』の鳴上嵐!? そうだよね!?」
「……ないつ……。」
あれ、彼がリーダーを務める『ユニット』も確かそんな名前だった気がする……。
――「おれは『Knights』の王さまだからな! わははは☆」
何の話の流れかは忘れたが、彼は確かに楽しそうにそう教えてくれた。
そうか。ということは、あの人も彼からこちらの存在を訊いていたのか。