アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

アイドル科の王さまと普通科の

Act.5  才は謳われ、贄は呑まれた


今日も今日とて、約束はしていないが彼が来る。


「おはようナマエ!」
「こんにちは、の時間だけどね。」
「そっかそっか〜、だが俺はおはようだ!」
「じゃあ、おはよう。」


右側で結われた短い後髪が揺れる。
長さが、個人的に尻尾を彷彿させるのは自分だけだろうか。


「この間はありがとう! お蔭でいい曲をこの世界に生み出すことができた! 産声を大地に響き渡らせたあの瞬間をナマエと共有したかったぞ、もったいないことをしてしまったな! きっとヴィヴァルディも涙を抑え切れない程に後悔の念に駆られていることだろう!!」
「うん、でも私は親に怒られずに済んだから良かった。」
「そうか、無事だったか! 良かったな、わはは……☆」


昨日の出来事だ。
夜中まで彼の作曲業に付き合わされた。
さすがに帰宅しないと親から怒られるので、彼を上手く言いくるめて帰宅したというわけだ。
お蔭で彼の言うとおり、『無事』ですんだ。

不思議なことに、彼は居ても居なくても変わらない自分を傍に置いておきたいらしい。
なんでも「ナマエが遠ざかると通信量が一気に減少して宇宙との交信が上手くいかない」とのことだが。


「ねえ、」
「なんだ?」


地面に綺麗な五線譜を描いていた彼が、顔をあげる。
出会った頃に比べれば酷く失われているが、それでもその瞳には未だ他にない輝きがある。


「普段、きちんとご飯食べてる?」


いつだって作曲に夢中になって。
いつだって周囲の刺激を求め続けている。

昼休みや放課後にいつも会うが、彼が食事をまともに摂っているのを見たことはない。
時々、サンドウィッチやおにぎりといった手軽なものを口にしているだけだ。
後は勝手に人の弁当から奪う、おかずたち。


「もちろん食べてるぞ。朝に。それこそ鶏が羨ましがるほどに!」
「どういう例えだ。」


止まっていた手はまた動き出していて。
近くで拾った枝で次は、線上に音符を描き出した。

その動作は始まれば止まることを知らず、次々と楽譜が誕生していく。
彼が奏でる鼻歌は、この『曲』なのだろうか。


「ふーんんふふ〜♪」


曲を奏でているのか、ご機嫌に鼻歌を歌っているのかがちょっと怪しい。


「…………。」
「♪〜……うっちゅ〜☆」
「…………。」
「…ふむふむ!」
「…………。」
「そうか、そうか!」


彼が作曲をし始めたら、黙る。これに限る。

最初の頃は声をかけていたが、見事に「う〜邪魔をするな!」と怒られた。
集中したいのかと思って帰ろうとしたら「待て、そこから動いちゃダメだ!」と言われる始末。


「ナマエも、一緒に!」
「うちゅー。」
「違う、うっちゅ〜☆、だ!」
「うちゅーちゅー。」
「ちが〜うっ!」


そして、いつの間にか宇宙語での挨拶を強要されるようになった。
ハッキリ言ってそれは無理だ。できない。


「よっし!」
「出来たの?」
「7割だ!!」
「珍しい。」
「お腹がすいた!!」
「……おおう。」


食事の話を、したからだろうか?


「昨日の朝から何も食べてないからなっ!」
「誰だもちろん食べてるって言ったの。」
「そんな時もある!」
「ないわ。」


相変わらずの運転具合に、ため息が零れる。


「もう少ししか残ってないけど、いる?」
「いいのか? きちんと食べないとダメだぞナマエ。脳への血行が悪くなる。」
「一番言われたくない言葉をありがとう。」
「だが好意を無下にしてはならないからな、これはもらう!」


おお、
久々に彼の口からまともな言葉が出てきた。


「この色に……むぐ……この食感だと、……もぐもぐ……ハバネラだなっ!」


ハバネラ……?


「おおお? 待てよ、さっきのとこから調べを変えるのもアリだな! さすがおれ、天才だなっ☆」
「あー、はいはい。」


良く分からない。
が、彼はたった1切れの卵焼きから曲を生み出そうとしているらしい。
どうやらまた暫く、静かに口を閉ざしていた方がいいようだ。





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