アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

アイドル科の王さまと普通科の

Act.56  シンクロするのは鋭い痛みか

趣味で続けている裁縫も、少しずつながら上達したと思う。
始めは初心者用の教本でも頭を悩ましてはいたが、今は何も見ずにさくさく進んでいる。
不思議と出来るようになれば楽しさも増大されるもので、近頃はもっぱら裁縫に力を入れている。


「バッグ作った、がま口のお財布も作って、マフラーも作ってみた。」


後は、何を作ってみよう。
キーボードカバーも、クッションも作った。
そろそろ、衣類に手を出せるだろうか。
目標は専ら鬼龍さんのような腕前まで成長することだ。


「ナマエ〜ナマエ〜。」
「んー。」
「さっきから手元ばっかだなぁ、」
「レオが音楽に集中するのと同じ。」
「そっかそっか〜。」


あ、これで納得するんだ。
隣に腰を下ろしている彼を横目に、動かしていた手を休めた。
今日はいい天気だ。空も青々としている。
公園では子どもたちが親の暖かな眼差しを受けながら遊んでいる。

そんな中で隣の彼は、ただぼーっとしているだけだ。


「今日の練習は?」
「ライブ明けの休み。」
「そう。」


先日『Knights』のオンリーライブが開催された。
ありがたいことにいい席を取ってもらって、最高のステージを堪能させてもらった。


「他の皆は?」
「さー?」
「レオは?」
「日向ぼっこ。」
「気持ちいいの?」
「さいこー!」
「そっか。」


こういうのんびりしたのも、悪くない。
また手元を動かせる。


「……。」


前も、こうやって公園で裁縫していたっけ。
その時はレオが昼寝を初めて、ナルちゃんたちが彼を呼びに来てたなぁ。


「……ねえ、レオ。」
「んぁ?」


……。


「なんでもないや。」
「お? もしかしてゲームか? ナマエの憶測を当てるゲームするのかっ?」
「それでもいいよ。」
「ん〜……!」


真剣に考え始めちゃって、もう。
考え始めた彼に対してこれ以上の言葉は不要だ。


「……分かった!」
「ん?」
「ナマエもおれの曲待ち遠しいんだろ!」
「そうそう。」
「この返事だと違うなっ! じゃあ……。」


また考え始めるレオの姿に何だか口元が綻ぶ。
こうやって自分のことを考えてくれる彼に、確かに隣にいることを実感させられる。


「ナマエ。」
「ん?」
「ナマエ。」
「……?」
「ナマエナマエナマエナマエナマエっ!」
「えっと……何、してるの?」


唐突にこちらの名前を連呼されて戸惑うばかり。
けれどそれでも彼は更に数回名前を呼んで、口を閉ざしたかと思えば


「名前、呼んでほしかったんだろう! わはは、おれには分かっているぞ!」
「……あー、うん。」
「?」


どうやら今日は上機嫌らしい。
ぼーっとこそしているが常に表情が明るいのが良く分かる。


「何かあった?」


そう問うと、彼はきょとんと眼を丸めた。
けれど次の瞬間にはその小さな牙を露わにさせて愉快気に笑ってみせた。


「わはははは☆ さすがナマエだなっ! なんで分かったんだ?」


そして間髪入れずに

「あ、待って、やっぱり待ってタンマストップ! おれが答え言うまで言わないで、考えてるから、憶測しているから、示唆してみせるから!」
「うん。」


その間にこちらは作業を進めよう。


「……。」
「曲を待っているわけじゃなくて、名前を呼んでほしいわけでもなくて、裁縫の手伝いでもないだろう。こいつはおれに無理強いさせるタイプじゃないからきっとおれにできる範疇のことのはずで、あれ? 待て待て待て! 今おれが考えているのは『ナマエの憶測を当てること』じゃなくて『おれの機嫌がいい事をしっている理由を当てること』なわけだから見当はずれにもほどがあるな! うん! もっと五感、いや、六感? いやいや第七感を研ぎ澄ませて考えないと駄目だ!」


……うん、これはBGMにでもしよう。
なんだか隣からぶつぶつを超えて大声が聞こえるけれど、BGMの音量が最大なのだと考えよう。


「うう〜わっからない! さすがナマエだ、おれのシナプスでは伝達しきれない程の情報量が一気にやってきて追いつけない!」


あれ、私のせいにされてる?


「もっとインターフェイスを考えろ、伝達速度を素早く……!」


……何の話だ。

心の中で疑問をぶつけながらも、手は動かす。
と、耳に小さなメロディが聞こえてきた。
どこからだろうと周囲を見渡しても、音源が見つからない。
けれど、確かにそのメロディははっきりと耳に届いているのだ。


「ねえ、」
「うぅ……邪魔をするな! おれはまだ諦めないぞ。ここで諦めたら未来で待っているバッハに合わせる顔が無いんだ。目の前に立ちふさがる余計な思考はすべて捨てるんだ、おれが分からないわけがないのだから、ナマエの憶測が分からないわけがないのだから。」
「それはいいんだけど何か聞こえない?」
「聞こえてくるのは未来で奏でられるメロディのみ!」
「ああ、うん。」


確かに聞こえる。
小さいけれど、確かに聞こえてくる。
そう、隣から……隣から?


「……。」


ぶるぶるとかすかに震えているのは、彼のズボンのポケット。
まさかこの振動にすら彼は気付いていないのだろうか。
恐るべし集中力に簡単こそするが、こういう時は呆れざるを得ない。


「レオ、レオ。」
「うう〜おれは諦めるわけにはッ……!」
「携帯鳴ってますけど。」
「お? ……おおおお!?」


今、気付いたようだ。
ポケットから素早く取り出して画面を見るなり、目を丸めた。


「おおっ!? ルカたん!!」


…………どうやら、よほどの仲の方のようだ。
誰が見ても嬉しそうだと伝わってくる表情をしている。


「どうした? ……え? ああ、今からおれが行くよ。」


あれだけテンションを上げて喜んでいたのに、いざ通話し始めたら酷く落ち着いている。
目元は優しげに細められていて、口からはまるで包み込むような暖かな音色を奏でている。


「いいか? 絶対にそこから動いたらダメだからな。迎えに行くから、それまで待っていて。」


以前のレオにどこか似ていて、酷く紳士的だ。
どうして、そんなに豹変したのだろう。

そう考えていると、彼は電話を切るなり通話中の冷静さが嘘のように慌ただしく立ち上がった。
こちらに視線を落とし、端末機器をポケットにしまう。


「悪い、大事な用事で来たからまたなっ!」
「え、ちょ……!」


伸ばした手は空を切って、橙色の短尾が激しく揺れるのを見つけることしかできなかった。
なんで、手が伸びたんだろう。なんで引き留めようとしたんだろう。

その手を下ろすと、マチ針に指が触れて鋭い痛みが走った。






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