アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

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Act.55  昨日の敵は今日の仲間理論?

ふぅ、と思わず息が零れる。
決して重々しいものではなく、酷く癒される香りについ漏れてしまったのだ。


「気に入ってくれたようだね。」
「いい香りですね。」
「そうだろう? 僕のお気に入りの1つでね。」


なぜか。そう、なぜか。
合宿時に夕食を共にした英智さんと一緒に紅茶を嗜んでいる。


「これと合う茶葉を以前から探していたんだ。」
「茶葉は固定じゃないんですか?」
「そうだよ。茶葉が違っても、これと合わせればさくらティーなんだ。」
「へぇ。」


薄茶に近い橙色。
その液面に浮ぶさくらの花びらを見つめながら「そうなんですか。」と言葉を続ける。
それだけで英智さんは満足げに薄く微笑んだ。


「ところで、今日はどうしてこっちに?」
「あー……いろいろありまして?」
「ふふ、疑問を疑問で返されるなんて思わなかったな。」


英智さんのいう「ここ」とは、アイドル科校舎の裏門のことだ。
実は、この裏門から右手にある大木の近くに、レオとの逢瀬場がある。
逢瀬場というとまるでそういう関係のように聞こえるがただの比喩だ。

普段、裏門には警備員以外滅多に立ち寄らないので少し油断していた。
まさか英智さんに見つかるとは……。


「月永くんと待ち合わせでもしていたのかい?」
「え? そういうわけでは……。」


待ち合わせというと約束されているように聞こえるから少し異なる。
確かに、口約束しなくても暗黙の了解のように日々話をしてはいるが。


「そう。良かった。」
「え?」
「待ち合わせていたのだと思うと、申し訳ないからね。」
「はぁ、」


優雅な動作で口元にカップを運ぶ英智さんは、薄く目を細めた。
その一連の言動が、まるでこれからレオと会うつもりだったことを悟られているように感じる。


「英智さんは、どうしてあそこに?」
「先日から警備員が増員されてね。挨拶をしようと探していたんだ。」
「え、増員……?」


口に出してからしまった、と口元に手を当てる。
英智さんは何も言わずにただ目を細めたままで、小さく頷いた。


「そう。最近、うちの活動も頻繁になってきたからね。嬉しいことだけれど、ファンの人たちも増えて、いろいろと大変なんだ。」
「ご愁傷様です。」
「ふふ、ありがとう。」


知らなかった。
また警備員が増えたのか……。


「見つからなくて良かったね。」
「え、」


まさか――英智さんをじっと見つめるが、彼はそれ以上何も言わなかった。
自分のカップの水面に浮ぶさくらの花びらが、ゆるりと揺れる。

それと同時に、扉が荒々しく開けられた。


「ナマエっ!!」


その声は紛れもなく、彼のもので。


「やあ、月永くん。出来れば扉は静かに開けてもらいたいな。」


鋭い眼光にも怯むことなく英智さんは微笑みを浮び続けている。
凄いなぁと感心しつつも、すぐにレオに視線を移した。


「どうしてここに?」
「クロから、ナマエに似た女生徒がこいつと歩いているって聞いた。」
「こいつだなんて酷いな。」


鬼龍さんに見られていたんだ……。


「いつになっても来ないし、なんでこいつと紅茶飲んでるんだよ〜!」
「え、ごめん……?」
「僕の言葉は無視かい?」


向かいのソファに腰を下ろしていた英智さんが立ち上がる。
怒ったのだろうかと一瞬焦りを覚えたが、どうやらカップを片づけるらしい。


「ナマエさん、おかわりはいるかな?」
「あ、結構です。ご馳走様でした。」
「うん、どういたしまして。」


眉を寄せているレオを軽くスルーして、共にカップを片づける。
ドアを開けたままのレオはこれを何も言わずに見つけていたが、棚にカップが仕舞われると「で?」と口を開いた。


「え?」
「なんだい?」
「だーかーらっ!」
「ふふっ、ナマエさんは本当に好かれているんだね。」
「?」


英智さんがくすくすと上品に笑う。
確かに、レオとは友好な関係を結べているとは思うけれど、笑うほどだろうか?
もしかしてレオ、学院では結構浮いて友だち少ないとか?
そう一瞬脳裏をよぎったが【ジャッジメント】を見たかぎり、答えは否だろう。


「さて。月永くんはドアを乱暴に開けてまでナマエさんに何の御用だったのかな?」


あれ。
もしかして英智さん、気にしてる?


「約束はしていないって、聞いたけれど。」
「……間違ってはいないよね。」
「今日はある!」
「え?」


大変だ、何かあっただろうか。
珍しく真剣な表情をしているレオに、どきりと心臓が拍動した。
何を一体約束づけていたかを必死に思い起こしているとレオがにっこりと笑顔を浮かべる。


「ケーキ!」
「……ああ。」
「ケーキ?」


思い出した。
鞄の中からそれを取り出す。


「昨日の調理実習で作ったパウンドケーキあげるって約束してた。」


普段から、約束が無くても日々あの場所に行っているから、珍しくした約束を忘れていた。
完全に私に非がある。


「はい。」
「ん!」


満足気に受け取ってくれるレオ。
味は保証しないと既に言ってあるので、保険は済んでいる。


「大きいね、1人で食べるのかい月永くん?」
「んぁ? おまえも欲しいのか? ナマエの作るのは美味いぞ。」
「へえ。それは気になるな。どうだろう、ここで一緒に食べるのは。」
「どする、ナマエ?」


さっきまでの英智さんへの嫌悪は何処に行ったのか。
楽しげに八重歯をちらつかせながらレオがこちらに問うてくる。
特に断る理由もないので「一緒に食べよう。」と言うと、英智さんがすぐに紅茶を淹れてくれた。

なんだか、不思議な面子だ。





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