「まさか本当に起こしに来てくれるとは思わなかった。ありがと♪」
薄く開かれた瞼から垣間見えた深紅の瞳はほくそ笑んだ。
やけに色っぽい感謝の言葉を伝えられながら、朝は始まる。
「お姉さま、」
「ん?」
賑やかな朝食を終えて、少しばかりの休息時間。
皿を洗い終えると同時にキッチンに司くんが顔を出した。
「どうかしたの?」
「本日もbreakfastご馳走様でした。」
「ううん、美味しそうに食べてくれてむしろありがとう。」
わざわざこれを言いに来てくれたのだろうか。
司くん、いい子だ。
「お姉さまの作る料理は、我が家のものとはまた違った味がします。」
「それはそうだろうね。」
「これが『おふくろの味』というやつでしょうか? 素朴で、温かくて、舌が酔いしれてしまいそうでした。」
「若干言い過ぎな気もするけど、でも嬉しいな。」
「料理は、お母さまに?」
「そう。基本的には見よう見まねだから、きちんと教わっているわけじゃないけど。」
「Brilliant!」
「え?」
ぶ? ぶり、り、あんと?
しまった、単語が分からない。意味も分からない。
「お姉さまは素晴らしい御方です! お母さまの姿を見て学ぶ姿勢、その成果があの数々の料理……毎日堪能したいほどの味はそのように生まれたのですね!」
「えっと……、」
さすがに誇張しすぎのような。
司くんはもしや、興奮したら周囲が見えなくなってしまうタイプなのだろうか?
あのステージが彼を知った初めてだったから、大きなギャップを感じる。
冷静沈着で、論理的思考の持ち主なのかと思っていたけれど……。
「しかも、我々のためにcalorieもお気遣い頂いて、感謝しきれません。」
ふと目を細めてはにかむ姿に、とくりと胸が鳴る。
アイドル科の連中は皆どうしてこうも偏差値が高いのか。
「本日のlunchが最後だと思うと、夜の訪れをどこか避けたい気持ちになりますね。」
「機会があったらまた、ね。」
「!、それは、再び振る舞って頂けると、そう勘違いしても?」
「ここまで喜んでもらえたら、ちょっと調子乗って作っちゃえるわ。」
「あっ、ありがとうございます、お姉さま……!」
ふ、と下がっていた眉が今では元気にあがっている。
満面の輝かしい笑顔は丁重に受け取らせてもらった。
「か〜さ〜く〜ん?」
そこにだ。
ねっちょりとした声が、揺ら揺らと近づいてきたのは。
「せっ、瀬名先輩!?」
「朝っぱらからなぁに口説きに入ってるわけぇ?」
「くっくど……!?」
女性さながらの美しい腕が、司くんの首に回される。
うぐっ、と低い呻きが零れたのも気にせずに、瀬名さんはにっこり笑ってみせた。
「俺も混ぜて?」
「うっ、す、すびばぜん……!」
「なあに? 全然聞こえな―い。」
「せ、瀬名せんぱっ……!」
ああ、苦しそうだ。
「1年坊主のくせに生意気なんですけどぉ。」
「瀬名さん、司くんが死にそうです。」
「はぁ〜? なに、庇うわけぇ?」
「そういうわけでは。」
でも、司くんが懸命に口で呼吸をしようとしている。
可愛いには可愛いが、いくらなんでも可哀想だ。
「新入りは、誰よりも先に練習始めてるもんなの。分かる?」
「は、はい゛……!」
「女口説くのは早過ぎぃ。」
「く、口説いてた、わけではッ!」
「なあに? やっぱ聞こえな〜い!」
「うぐッ、も、申し訳ありまぜん……!」
「はいっよ〜し。」
「っごほっ、ごほっ、」
……激しい咳き込みをしているあたり、瀬名さんガチでやったな。
満足そうに目を細めている彼は、生粋のサディストなのだろうか。
「ったく。なんのために、こんな面倒な合宿してると思ってるわけぇ? 早く準備しておいでよ。」
「は、はい。」
「あとあんた、」
「はい?」
「今日はちゃーんと、水分補給させてよね。」
「はーい。」
「まったく!」
『Knights』の母は、瀬名さんなのだろうか。