アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

アイドル科の王さまと普通科の

Act.46  昔と今の空白はまだ残る


なんとも言えない空気の中で、瀬名さんが息を吐いた。


「なんでここにいるわけ? てか、それ離してくれない?」
「それ扱いとは酷いなぁ。」
「あんたに言ってないしぃ。」


瀬名さんの睨みにも動じることなく、英智さんは微笑みっぱなしだ。
その間、レオは実に不機嫌そうに顔を歪めていて、ちょっとだけビクビクしてしまう。
こんな顔、見たことないから。


「まぁ、話があるから来たんだろ? 何の話かは知らないけどさ。」
「その通りだよ、月永くん。」
「正直どうでもいいけど、とりあえずナマエからその手おろしてくれない? そしたら話くらいいくらでも聴くからさ。てか離せよ。」


低く、牽制するような声が耳に響く。
英智さんはくすりと小さく笑って、私からようやく身を離してくれた。
そのまま彼はこちらにウインクを1つ送る。
どういう意味か分からなかったけれど、きっと行って良いよと言われているような気がした。

だから、ゆっくりとレオに近づく。
その時視界に入った司くんの表情が酷く驚いた様子で、視線は彼に向いていた。
ここまでドスのきいた声を聞いたことが無かったからの反応だろう。
私も司くんと同じ立場なら、同様の表情をしていたに違いない。


「ナマエ……。」
「ただいま、レオ。」
「んも〜心配したわよナマエちゃん! 大丈夫だったァ?」
「うん、平気。」
「何のんびり突っ立てたわけぇ? 馬鹿なのぉ?」
「ごめん紅茶頂きました。」
「はぁ?」
「美味しかったでしょ……♪」
「うん。」


凛月さん、英智さんの紅茶飲んだことがあるのだろうか。


「で、何?」
「そう急かさないでほしいな。何もケンカを売りに来たわけじゃないんだ。」


自分は無害だとばかりに、英智さんは両手をあげてみせる。
それでもレオや瀬名さんの表情はあまり変わらなくて、険しかった。


「はいはい、そんな睨みあわないでちょうだい!」


ここに、ナルちゃんの明るい声と手を叩く音が響く。


「ナマエちゃんだって何されたってワケじゃないんだし、落ち着いてちょうだいよォ♪」
「俺は別に、その女はどうでもいいし。ただここに『皇帝』様がいるのが気にくわないだけぇ。」
「またまた泉ちゃんってば! 素直じゃなんだからァ♪」
「ちょ、近いっ、近づかないでオカマ!」
「ウフフッ。」


ナルちゃんの言動で、険悪な雰囲気が緩和される。


「お話なんてご飯食べながらでいいじゃない。アタシすっごくお腹すいちゃった!」
「俺もペコペコ……眠いしさぁ。」
「わ、私も少々空腹が……!」


司くんが慌てて、空気緩和に勤めているように見える。
ああ、なんだか凄く申し訳なく思ってきた……。


「ふふ、いいね。僕も頂いていいのかい?」
「ご飯食べながらの方が話も進むんじゃないかしら。ね、リーダー?」
「……。」
「えと……大丈夫、です。」


何故かレオの視線がこちらに向いて、「おまえが決めろ。」と言っているようだった。
だから、少し戸惑いながらもナルちゃんの提案に賛同する。


「それじゃ決まりねっ♪ ナマエちゃん、アタシも手伝うから頑張りましょ!」
「いいの? 疲れてるんじゃ……。」
「いいのいいのっ♪ さ、男子共は自由に過ごしててちょ〜だい!」
「あんただって男子でしょーが。ま、俺も疲れたしゆっくりさせてもらうわぁ。」
「俺も〜。」
「えっと、何か手伝うことは……。」
「司ちゃんも、休んでてちょうだい♪ ここはお姉ちゃんたちに任せてねっ。」
「はぁ……ありがとうございます。ですが、鳴上先輩はお姉ちゃんではなく――」
「はいはい、いいからいいから。この先から男子禁制よっ♪」


複数の足音が一気に響いた。
ほとんどが充てられた部屋に戻り、英智さんは文庫本を取り出して奥のスペースへと消えて行く。
ナルちゃんは気をきかせてくれて、先に台所に足を運んだ。
レオと私がぽつんとその場に残される。


「…………。」
「……レオ、怒ってる……?」
「んぁ?」


ちょっとだけ怖くて、少し声が震えた。
けれど返ってきた彼の声はあまりにも気が抜けていて。


「わはは☆ そんな顔したらなまはげが飛んでくるぞっ!」
「……。」


レオは普段通りにニッと口角をあげた。
けれど逆にそれが不安で口を閉ざしていたら、彼は薄く目を細めた。
そのまま手の甲で私の頬を撫でる。


「大丈夫だ。おれも少し驚いただけ、ナマエが無事で凄く嬉しい。」
「……英智さん、悪い人じゃないと思う。」
「ああ、分かってるよ。それでも、おれにとってまだ『皇帝』は『皇帝』なんだ。面白いやつだけど、必ず無害とは限らない。」
「……レオ、」
「怖がらせた?」
「ちょっと。」
「ごめん。」
「平気、レオが普段通りでいてくれるから。」
「そっか。」


彼の熱が離れていく。


「飯、期待してる。」


そう優しい声色が、耳に届いた。





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