ちょっとだけ、沈黙が流れる。
無音で紅茶を嗜む英智さんは、薄く微笑んだ。
視線をこちらに向けてくる仕草がどうにも色っぽい。
これで同い年とか、勘弁してほしいレベルだ。
「ふふっ、警戒されてるかい?」
「ちょっと、驚いているだけです。」
「堅苦しい敬語もいらないよ。言っただろう、同い年なんだから。」
「……うん。」
その瞳から視線を外したくて、カップを傾ける。
すぐに白い底が見えた。
「おかわりは?」
「ううん、いい。カップ洗うけど……。」
「僕も一緒にいいかな。」
「どうぞ。」
「こういうの、あまりしないんだ。」なんて言っているあたりやっぱり英智さん貴族。お坊ちゃまだ。
何故か2人で流し台に並んで、使い終えたカップらを洗う。
とは言え、自分が洗って、英智さんが拭くという形だ。
なんだか水で濡らすのがもったいないほど、細長く美しい肌をお持ちだったから。
「ふふ、そう見られると恥ずかしいな。」
「あ、ごめん。」
「いや。」
カップを片づけ終わる。
ふと冷蔵庫に置きっぱの食材たちを思い出して、すぐに中へとしまっていく。
意外と買ったなぁ、私。
「それ、今晩の食材かい?」
「うん。」
あれ、英智さんがここにいるってことは、ここに泊まるのかな?
でもこの3連休は『Knights』が使用するって聞いている。
はて。
「お手をどうぞ。」
「……どうも。」
しゃがんでいたからといって、何も手をさし延ばさなくても。
と、思いつつもちゃっかり握らせていただく。
思いのほか力強く引っ張られた。
「ふふ、意外と力あるだろう?」
「びっくり。」
「そう言ってもらいたかったんだ。」
まるで悪戯に成功した子どものように、彼は微笑んだ。
「ナマエ――っ、飯ぃ!!」
それと同時だ。
彼が、扉を開けて声をあげたのは。
「……れ、レオ……。」
「………は?」
「やぁ。」
私は何も言えず。
彼は笑顔が硬直し。
英智さんは相変わらず微笑。
「……幻覚か? おれの目には『皇帝』が見えるぞ。」
「ふふ、幻なんかじゃないよ。あの時以来だね、月永くん。」
「……なんでいるわけ?」
彼の顔は一気に歪み、珍しく不機嫌さを露わにさせた。
視線は『皇帝』と呼ばれた英智さんを映し、次に私に移った。
そのまま視線は少し斜め下へ――あ。
「え、英智さん。」
「ん? ……ああ、失礼。」
握られていた手を、英智さんはまるで惜しむかのようにゆっくりと離す。
その際に、彼の指がするりと私の掌を撫でるものだからぴくりと手が反射で動く。
「ナマエ、こっち。」
「え、と……。」
「そうレディを急かすものじゃないよ。」
「っ?」
なんなんだこの状況は。
レオがそれはもう不機嫌度MAXで私を呼ぶものだから戸惑っていたら、だ。
肩に温かい手が置かれて、そのまま英智さんの方に引き寄せられた。
これには私も全身硬直ものだし、レオの顔が、更に歪む。
「どういうつもりなわけ? 宣戦布告? もう一度おれと遊んで壊しでもしたい?」
「そういきり立たないでくれ。ほら、ナマエさんも怯えている。」
「ってわけでもないけど……戸惑ってる。」
「ふふ、違いないね。」
レオは腕を組んで、それはもう顔が怖い。
普段はにこにこしているからこそ、このギャップ。
「ちょっとぉ、扉の前に突っ立たないでよ邪魔ぁ〜。」
「って……あら!?」
そこに、瀬名さんたちがやってくる。
普段通り入ってこようとした彼らの視界に英智さん……と、私が入るや否や、目を丸めた。
「お、お姉さまが!?」
「あれぇ。意外な人がいるけど、どういうこと?」
「ふふ、久しぶりだね『Knights』の諸君。」
「その言い方、チョ〜むかつくんですけどぉ。」
ギラリと、瀬名さんの瞳が好戦的になる。
こういう時の瞳が、レオと瀬名さんは似ているんだよなぁ。