学院のすぐ近くにある海辺に、ロッジはある。
学院へと申請すれば、学科学年は問わずに使用することができる。
かなり充実した設備で夏場は特に人気が高いのだ。
「よし、とりあえず走るか。」
「んん……面倒だなぁ。」
「頑張りましょ、リツちゃん。」
全員が集まり、荷物だけを置いてすぐに外へと足を進めた。
そんな中、自分がすることはまずは――
「掃除、しなくちゃねぇ。」
思いのほか埃が目立つ。
掃除をし終えたらすぐ買い出しに行こう。
腕まくりをして、近くにあった箒に手を伸ばした。
少し疲労感を覚えはしたが、掃除は順調にいった。
すぐに皆から集金した一部を持って買い物にも行った。
人生で一度あるかないかというレベルで野菜の選定だってした。
カロリーも一々気にして、電卓片手に計算までした。
自分なりに最高のラインナップを揃えて、買い物も終えた。
問題は、ロッジに戻ってからだ。
ロッジの電気がついていた。
当然、出る前には消した。
皆が練習を終えて戻ってきたのだと思った。
扉を開けた。
知らない人が優雅に紅茶を口にしていた。
目が、合った――。
「……。」
「やぁ。」
「……どうも。」
どれだけ端正な顔立ちなんだろう。
薄く細められた瞳がやけに艶美で、眩しいばかりの白い肌にかかる金糸がさらりと揺れた。
あれ? この人、どこかで見たことがある。
「どうしたんだい? 早くお座り。」
「え、あ……はい。」
凄く優しい雰囲気なのに、この有無言わせない感じはなんだろう。
買い物袋を冷蔵庫の傍に置いて、彼の向かいに座らせていただく。
するとすぐに、彼は紅茶を淹れてくれた。
「紅茶はよく飲むかい?」
「いえ。」
「好きな銘柄もないのかな。」
「はい。」
「なら、僕と一緒でいいかい?」
「あ、ありがとうございます。」
そして、飲む前提。
「まさか君が彼らに同行しているとは驚いた。」
「えっと……。」
「僕のこと、覚えていないかい?」
「?」
確かにどこかで見た気はするんだけど、思い出せない……。
こんな眉目秀麗な人を易々忘れたりしないだろうに。
「ふふっ、いいよ。」
「すみません……。」
「それだけ彼に夢中だったんだろう。少し妬けるね。」
「えっと……?」
この人、なんだか掴みづらい。
「冷めてしまう前に飲んでほしいな。」
「あ、頂きます。」
それでも、淹れてもらった紅茶は外を歩いてきた私の身体を温めてくれた。
ほっと、一息。
「どうだろう。」
「美味しいです。」
「それは良かった。僕は紅茶が好きなんだ。」
「似合います。」
「嬉しいな。」
ふんわりと、微笑む。
有無言わせない感じは抜けて、ただの、心優しい少年のようだ。
ころりと変わるこの顔は、まさにアイドルの顔のようで――。
「アイドル科の人?」
「どうしてそう思ったんだい?」
「……端正な顔立ちと、いろんな顔使い分けれてそうだから。」
「ふふっ、そう言われたのは初めてだなぁ。」
「失礼しました。」
「いや、謝らないでほしい。新鮮な気持ちでいっぱいなんだ。」
くすくすと上品に笑ってみせるこの人は、上流貴族か。
司くんよりも貴族の世界に慣れてそうなイメージ。
「君の言うとおり、アイドル科に所属しているよ。」
「やっぱり……。」
「3年の天祥院英智だ。」
仰々しい苗字だった。
「あ、出来れば名前で呼んでほしいな。せっかくの同い年なんだし。」
「えと……はぁ。」
何故、同い年だと知っているのだろう。
とりあえず言われたから、名前で呼ばせてもらうけれど。
「なんでって顔してるね。」
「してますか。」
「うん。僕は君のことを、少しだけ知っているよ。ナマエさん。」
あら、……名前まで知られていた。
本当にこの人、誰だろう。