アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

アイドル科の王さまと普通科の

Act.44  気高く優雅に、お淑やかを忘れず

学院のすぐ近くにある海辺に、ロッジはある。
学院へと申請すれば、学科学年は問わずに使用することができる。
かなり充実した設備で夏場は特に人気が高いのだ。


「よし、とりあえず走るか。」
「んん……面倒だなぁ。」
「頑張りましょ、リツちゃん。」


全員が集まり、荷物だけを置いてすぐに外へと足を進めた。
そんな中、自分がすることはまずは――


「掃除、しなくちゃねぇ。」


思いのほか埃が目立つ。
掃除をし終えたらすぐ買い出しに行こう。
腕まくりをして、近くにあった箒に手を伸ばした。

少し疲労感を覚えはしたが、掃除は順調にいった。
すぐに皆から集金した一部を持って買い物にも行った。
人生で一度あるかないかというレベルで野菜の選定だってした。
カロリーも一々気にして、電卓片手に計算までした。
自分なりに最高のラインナップを揃えて、買い物も終えた。

問題は、ロッジに戻ってからだ。
ロッジの電気がついていた。
当然、出る前には消した。
皆が練習を終えて戻ってきたのだと思った。
扉を開けた。
知らない人が優雅に紅茶を口にしていた。
目が、合った――。


「……。」
「やぁ。」
「……どうも。」


どれだけ端正な顔立ちなんだろう。
薄く細められた瞳がやけに艶美で、眩しいばかりの白い肌にかかる金糸がさらりと揺れた。
あれ? この人、どこかで見たことがある。


「どうしたんだい? 早くお座り。」
「え、あ……はい。」


凄く優しい雰囲気なのに、この有無言わせない感じはなんだろう。
買い物袋を冷蔵庫の傍に置いて、彼の向かいに座らせていただく。
するとすぐに、彼は紅茶を淹れてくれた。


「紅茶はよく飲むかい?」
「いえ。」
「好きな銘柄もないのかな。」
「はい。」
「なら、僕と一緒でいいかい?」
「あ、ありがとうございます。」


そして、飲む前提。


「まさか君が彼らに同行しているとは驚いた。」
「えっと……。」
「僕のこと、覚えていないかい?」
「?」


確かにどこかで見た気はするんだけど、思い出せない……。
こんな眉目秀麗な人を易々忘れたりしないだろうに。


「ふふっ、いいよ。」
「すみません……。」
「それだけ彼に夢中だったんだろう。少し妬けるね。」
「えっと……?」


この人、なんだか掴みづらい。


「冷めてしまう前に飲んでほしいな。」
「あ、頂きます。」


それでも、淹れてもらった紅茶は外を歩いてきた私の身体を温めてくれた。
ほっと、一息。


「どうだろう。」
「美味しいです。」
「それは良かった。僕は紅茶が好きなんだ。」
「似合います。」
「嬉しいな。」


ふんわりと、微笑む。
有無言わせない感じは抜けて、ただの、心優しい少年のようだ。
ころりと変わるこの顔は、まさにアイドルの顔のようで――。


「アイドル科の人?」
「どうしてそう思ったんだい?」
「……端正な顔立ちと、いろんな顔使い分けれてそうだから。」
「ふふっ、そう言われたのは初めてだなぁ。」
「失礼しました。」
「いや、謝らないでほしい。新鮮な気持ちでいっぱいなんだ。」


くすくすと上品に笑ってみせるこの人は、上流貴族か。
司くんよりも貴族の世界に慣れてそうなイメージ。


「君の言うとおり、アイドル科に所属しているよ。」
「やっぱり……。」
「3年の天祥院英智だ。」


仰々しい苗字だった。


「あ、出来れば名前で呼んでほしいな。せっかくの同い年なんだし。」
「えと……はぁ。」


何故、同い年だと知っているのだろう。
とりあえず言われたから、名前で呼ばせてもらうけれど。


「なんでって顔してるね。」
「してますか。」
「うん。僕は君のことを、少しだけ知っているよ。ナマエさん。」


あら、……名前まで知られていた。
本当にこの人、誰だろう。





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