アイドル科の王さまと普通科の娘 | ナノ

アイドル科の王さまと普通科の

Act.30  緋と藤が輝く、黄昏の君

寝不足が集って、欠伸が思わず出る。
ちょうど片手は肩に提げている鞄に、もう片手はスマホを弄っていたために、口元を抑える暇が生まれなかった。
けれど、周囲に人はいない。誰にも見られていない。良かったと、ほっと一息。

休日ともなれば、学院の周囲に人は少ない。
朝や真昼間であれば別だが、それ以外の時間は休日を楽しんでいるか、部活に励んでいるかだからだ。
きっと背後から足早に歩き、ちょうど自分を追い抜いた彼もまたどちらかなのだろう。

……ん?
その彼の後姿、どこかで――。


「まったく。どうしてあの人は何も変わっていないんですか。これでは懸命に励み血肉を飛ばした意味がない。あまりにも自由奔放過ぎる!」
「…………。」
「いえ。そもそも、この事態を当然の如く良しとしている先輩方も先輩方。ここは一つ、若輩者ながらこの――」


あ、
彼の抱えていた紙袋から何かが落ちた。


「――が一言申し上げなければなりません。だいたい何故、私が買い出しに行かされているのかが理解し難い! 私だって『Knights』の――、」
「あの、」
「っは、はい!」


声をかければビクリと大げさに肩が飛び跳ねる。
まさか、こちらに気付かないまま前方だけを見ていたのだろうか。
……いや、ぶつぶつ呟いていた分だと、意識ごと持っていかれていたのだろう。

振り向いた彼は、目をぱちくりとさせながらこちらを見つめてきた。


「えっと……。」
「これ、落とした。」
「!、大変失礼致しました。ありがとうございます。」


両面テープを渡すと、彼は両手で抱えていた紙袋を片手に持ち替えた。
そして、空いた手で両面テープを受け取ろうと手を伸ばすと


「あっ!」
「あらま。」


腕の中でバランスの崩れた紙袋の傾きが、スローモーションで目に映る。
中身が音をたてて、地面に大きいものから小さいものまで見事に散乱した。


「申し訳ありません、お姉さま! お怪我はありませんか?」
「え? あ、うん、平気。」


お姉さま?


「拾って下さったというのに、落としてしまうなんて……なんとお詫びすればよろしいのでしょう。ああっ、落としたのはこの私ですから、お姉さまはどうかお気になさらず!」
「2人で拾った方が早いから。」


舗装されたコンクリート上に散乱した物品を、いそいそと拾う。
さりげなく彼を見ると、真っ赤な艶のある短髪が綺麗に映った。
前髪から覗く紫の瞳はまるで宝石のように輝き、透き通っている。


「これで全部?」
「はい。ありがとうございます。お姉さまはなんとmarvelousな方なのでしょう! 心より感謝いたします。」
「ま……?」
「あ、ま、マーベラ……マーベラス、です、はい。」


流暢すぎて何言っているのか全然わからなかった。
もしかして帰国子女?

恥ずかしそうに単語を言い直してくれた彼に、最後の落とし物を手渡す。
彼の手に渡り、彼の手から紙袋に戻された品の流れを見終える。


「英語、流暢だね。」
「そう言って頂けるのは光栄ですが、やはり非常に聞き取りにくいようでして……。」
「外国語だから、仕方がない。ウチの英語の先生より上手でビックリしちゃった。」
「ウチ……あ。」


ここでやっと、彼はこちらが同じ学院の女生徒だと気づいたらしい。
はっと目を丸めて、気まずそうに視線を逸らした。
きっと、アイドルだから一般人とはなんたらこんたらとかいう、良く分からないやつだろう。


「本当に、失礼いたしました。きちんとお礼を致したいのですが、現在立て込んでおりますので私はこれで……。」
「ねえ、」


慌てて引き返そうとする彼に、声をかける。


「どうして、彼を受け入れてくれたの?」
「え?」


藤色の瞳が、瞼で一瞬隠れる。





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