結局、あの場はチャイムが話を区切った。
必然的にこの延長戦は放課後となる。
どうして彼が頑なに自分に頼むのかが、分からない。
絶対にナルちゃんの方がハイセンスだし、美しく魅せてくれるはずだ。
それなのに彼はただ「ダメだ」としか言ってくれない。
おまけに気になるのが、クロさんが言っていた「伝えてないのか」という言葉。
秘密ばかりを前にして大人しく従えと、彼はそう言うのだろうか。
『Knights』に対する、おれのステージ。これって、どういう意味?
「……あれ?」
重い足取りで目的地までたどり着くと、そこには意外な人物だけがいた。
樹の幹に背中を預けた、赤髪の男生徒……クロさんだ。
「来たか、悪いな。俺だけで。」
「いえ、それはいいんですけど……。」
「月永には遠慮してもらった。」
遠慮?
「少し、話しねぇか?」
気遣ってくれた、のかな?
「そちらが良ければ。」
「決まりだな。遅くなっちまったが、俺は鬼龍紅郎だ。」
「ナマエです。ご存じのようですが。」
「あいつがうるさかったからな。」
クロさんもとい鬼龍さんは困ったように眉をハの字にしてみせた。
この人もこの人で、いろいろと苦労していそうだ。
脳裏に銀髪の青年が浮かんだ。
「あいつよ、」
「はい。」
「なかなかの問題児だが、凄ぇやつなのには違いねぇ。」
「分かってます。」
「へらへらしてる時もあるが、あいつの頭の中は複雑な思考で絡み合ってるんだ。」
鬼龍さんは、彼とそれなりの付き合いなのだろうか。
自分もそう思うと、小さく頷いた。
「だから今回の【ジャッジメント】にも意味がある。」
「ジャッジメント?」
審判とか、判決とか、そういう意味合いの言葉だ。
アイドル業界の専門用語とか何かだろうか。隠語?
それとも、また別の意味合いがあって……?
「嬢ちゃんは、今まであいつのステージ見たことはあるのか?」
「それが一度も。彼はただ、ダメだとしか。」
「そうか。そりゃ、あいつが悪いな。」
にっと口角を上げた時に、唇の間に挟まれた白い歯が輝いた。
自分が思っているよりもこの人はいい人なのかもしれない。
本当に『お母さん』寄りなのではないだろうか?
「けどよ、秘密ばっかで嫌になるだろうが今は月永を支えてくれねぇか。」
「……支えるって言われても。」
「難しいことなんかしなくていい。アクセントとやらも、1人で考えなくていい。俺も一緒に考えるからよ。」
あ、やるのは前提?
そうは言われても……。
内心で思わず思考が停止する。
「そう言われても……」なんだろう。
困る? 難しい? やりたくない? 一体、何?
頭の中で複雑に考えていると、ふと単純な単語が脳裏に浮んだ。
「……不安なの。」
「不安?」
そうだ。
まさに不安という2文字が私を覆い尽くしている。
「せっかく戻って来たのにステージにあがってないって聞いて。
それが今回、急に招待。嬉しいけど、なんだか彼の様子がいつもと違うのは明確で。」
「それが、不安なのか?」
「真剣に向き合っている舞台の、大事な衣装の一部を『王さま』の印を私がやるだなんて。
ただのド素人の普通科の、……ただの知り合いがやるだなんて……そう、」
おこがましい。
口に出した途端に、自身の中で不安がぐるぐると渦巻き蔓延した。