彼の眉を下げたあの表情が脳裏に今でも浮かぶ。
何となく、そんな彼と顔を合わせるのが気まずかった。
「行くけどさ。」
今日のお弁当は無しだ。
代わりに、コンビニで購入したサンドウィッチが昼食となる。
お供であるお茶と共に例の場所に足を進めると、すぐに橙色が目に入った。
「ナマエっ!」
彼は、いつも出会い始めに名前を呼ぶ。
可愛らしい無邪気な笑顔で呼ばれるものだから、どうしても口元が緩んでしまう。
今日も気まずさを抱えていたのに、口角は自然と上った。
「今日はおまえに伝えたいことがあるんだ。」
「なに?」
「ずっと『Knights』のライブに来たかっただろう?」
「……。」
「招待させてくれ。」
笑顔なんだけど。
彼の瞳はいつになく、真剣だった。
「……いつ?」
「1週間後だ!」
1週間後……。
「それまで『Knights』のライブは一切やらない。だから、1週間後のライブに来てほしい。」
「……どうして、突然。」
行きたいと、我が儘を言ったからだろうか。
途端に申し訳なくなって、上がっていた口角は重力に従って下がる。
けれど彼は首をゆっくりと横に振った。
「そろそろ潮時だったんだ。ナマエが言ってくれたお蔭で、おれも決心がついた!」
「決心?」
「来てくれるか?」
彼の考えは本当に分からない。
分からないけど、これを断ってはいけないと強く脳が叫んだ。
当然、こんなのに従わなくたって拒みなんてしないのに。
「行く。絶対に。」
「ん! ありがとうなっ!」
結われた尻尾が、ふわりと揺れた。
「でだ。『王さま』らしく目立つにはどうしたらいいと思う!?」
「……は?」
突然の話題転換。
これも通常だと思ってしまうのが悲しい。
それにしても『王さま』らしく目立つ方法?
「それは、どういった意味で?」
「見た目でも行動でも、なんでもいい!」
「……。」
単純な王さまをイメージすると、
やはり分厚い赤のコートを羽織り、大きな玉座に座り、騎士を従える姿。
後は……。
「王冠?」
王さまを比喩するのにも利用されるその存在が、一番『らしい』だろう。
「んんー、頭に乗せるのは動きづらいんだよなぁ。」
「玉座に座ってるわけにもいかないよね。」
「玉座か! いいな、今から用意してもらうか!」
「やっぱり止めよう。」
「なんでだ?」
「用意してもらうか」という言葉が既に自分は動かないことを表している。
1週間以内に玉座を用意? 誰がそんな暴挙を受け入れられるものか。
その人が、かわいそうだ。