モデル
「杏ちゃん杏ちゃん、画家って裸婦画描く時絶対に欲情しないって思う…?」
「え!? き、ききききき急に何の話!?」
「裸婦画の話!!!」
「あ、あー…祐介の話だ!?」
「そう!」
「我ながらよく分かったな私!」


真剣な顔で迫る夢乃に、高巻は額の汗を拭いながら言い放った。 そうだコヤツは頭のネジが少し抜けてる子だったんだと胸を落ち着かせる。
しかしながら、祐介関連の夢乃の話にはハズレがないのに加えて、色恋話を好む高巻は心底楽しそうに椅子に座り直した。

「…で? 裸婦画で祐介がどうかしたのぉ…?」
「…祐介って、着想のためなら基本なんでもするじゃない? 」
「そうだね〜」

やばい。既に面白い。
幸い杏の異変に気づいていない夢乃は、ふつふつと続ける。

「最近、祐介人物画にハマってるみたいでね? よく男性女性無差別にスケッチしてるんだけど…」
「うんうん」
「でね?聞いてみたの…『人物画かくの?』って。 そしたらどうも祐介、次の選考会に裸婦画も視野に入れてるみたいでね?」
「そっか〜」
「杏ちゃんみたいにスタイル良くて可愛い子の方が裸婦画は映えると思うんだけど、カノジョとしては複雑でね? もちろん祐介のやりたい様にやってほしいんだけど、複雑でね?」
「前半部分は聞き流すとして…そうだよねえ〜複雑だよねえ?」

「そうなの〜」と言い切って、夢乃は肩を落としてしまう。 確かに、恋人が異性の裸体を凝視する行為を苦痛に思ってしまうのは普通の事だし、さぞ辛いだろう、と杏は落ち込む頭を撫でた。
丁度お昼に差しかかるのか、ファミレスの客足も増え賑わいが増す。カランコロンと鳴るレトロな扉に、見慣れた深い青色の頭がチラリと覗いた。祐介…?と杏が呟くと、夢乃は机に伏してしまった。

そんな2人を見つけて、祐介は店員に一言伝えるとテーブルへ足を進める。

「夢乃、杏!」
「げ」
「んもう! ちゃんと話せばスッキリするって!」
「うー」

「何故か気落ちしている様に見えてな、気になって後を追って来た。…大丈夫か?」

夢乃の隣に腰を下ろすと、祐介は持ってきたコップの水を少し口にして眉を下げた。

「俺は、何かしてしまったか?」
「ううん。私が余計なこと考えちゃってるだけ」
「夢乃」
「うー………杏ちゃん〜」
「…夢乃、祐介が他人を題材に裸婦画を描くの、モヤモヤすんだって。 まあー当然の事なんだけどさ。 変に横槍入れて邪魔したくは無いし〜って事でモヤモヤを私に相談してたってワケ!」

恥ずかしそうに目を潤ます夢乃の代わりに杏が答えると、「ああー…」と祐介の声が漏れた。

「勿論、裸婦画も視野に入れてはいるが…。 描くとしても、夢乃以外に頼むつもりはないぞ」
「私が居るから他の人に頼みにくいとか、気遣わなくていいからね」

気まずそうに目を伏せる夢乃。
祐介はふるふると首を振る。

「いや、渋谷で人間観察をしていても、以前の様に人を捕らえて迄描きたい衝動に駆られることは無くなった」
「えっ体調悪い?大丈夫?」
「至って正常だ」
「祐介のそれって、1番描きたいものが既にあるからじゃない? ホラ、今1番筆が乗るものとか、ない?」
「…そうか。 やはり俺は、夢乃が描きたいんだ! お前でなくてはダメだ! …うむ。認めてしまえばなんとも清々しい!」

がばりと祐介が夢乃の両手を包むと、杏は押せ押せと歓声を上げた。 全く、世話の焼ける2人だこと、と天を仰ぐ。
願いの通り真正面からの勢いに押された夢乃は、すっかり元気を取り戻した様で、「私が描きたいのか〜」なんて言いながら微笑んでいた。 この切り替えの速さも夢乃の魅力だと、後に祐介は語る。




.*・゚ .゚・*.



「私ね、急に不安になったの。祐介が他の人の事じーっと見つめて描いてるうちに、その人の事好きになったりしちゃうんじゃないかって。 モデルとは頻繁に会うことになるし、絵を通して仲を深めちゃったりとかしちゃうんじゃないかって」

お会計を済まし、駅まで歩いていると夢乃がポツリと口を開いた。

「でも祐介って馬鹿正直だし、さっきの気持ち聞いてなんか安心した! 」
「馬鹿は余計だが、安心して貰えたなら本望だ」
「良かったね! 祐介も夢乃も、そうしてた方が2人
らしいよ! 」


「杏ちゃん!ありがとう!お陰で仲違いせずに済んだよ!!」
「仲違いだと…?事態はそんなにまで深刻だったのか…杏、感謝する」
「どうしたしましてえ〜!特に何もしてないけど」

もう突っ込まない。つっこむのはいつも竜司の仕事だし。と杏はニコニコ微笑む。

それからはたわいもない話をして歩き、暫くして駅のホームに着いた。
目的の電車を待つ間、夢乃は白線の内側に仁王立ちしてふんふんと1人頷く。

「…決めた。祐介、私の裸婦画描いて?」
「なっ…! 良いのか!?」
「但し、条件があります。 クリアできたら、他人の裸婦画描く時も私、割り切れると思う!」
「いや、他人の裸婦画を描く予定は無いが…。それはともかく…条件とは!」
「理性を保つこと!」

ハッとしてグッと胸を押えホームに跪く祐介。 杏は後ろで笑いを堪えながら震えた。

「!! ぐっ…、致し方ない! この喜多川祐介、理性を失わずに描ききって見せよう!」
「Good!」

それでいいのか、もっと自分を大切にしなさいよ。と杏は心の中でツッコミを入れる。 そして同時に、相手が祐介なので危険なことは無いか…と心のハリセンをしまった。

「じゃあ俺たちはここで!」
「杏ちゃん!今日はありがとう! 今度美味しいもの奢らせて!」
「気をつけてね〜! また明日ね!」
「「うん!/ああ!」」

そうと決まれば早速取り掛かろう!と2人は足早に電車へ駆け込んで行く。
手を振りながら、杏はこの出来事を話したさに震え、チャットアプリを起動すると踊るように指を滑らせた。



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