メイドと誤解と執事と君と
[同い年夢主]


夢乃という恋人がいる雨宮蓮は、竜司の持ってきた[家事代行♡ヴィクトリア]の紙を一瞥してメイドルッキンパーティへの不参加を表明した。…が、どうしても諦めきれない竜司と三島は勝手に電話予約をしてしまう。しかしメイドを家に呼ぶ度胸は無く、電話はしたものの予約場所を午後には閉まると知っていたルブランにしてしまった。 メイド到着まで数十分になった頃 竜司は1つ蓮へチャットを入れる…[今から三島と俺でそっちに行くから、小綺麗にして待っててくれ]と…。



…以上 前書きおわり…




日も落ちて、空が紺色に染まりかけていた頃。
歩き慣れた路地を鼻歌交じりに歩き、蓮を驚かせてやろうとルブランへ向かっていた。
今日会う約束は取り決めていなかったが、バイトは無いと話していたので恐らくルブランの屋根裏にいるはずだ。

(久しぶりに蓮の淹れた珈琲、飲めたら嬉しいなあ)

最近はなにかと忙しくて、あの美味しい珈琲を味わえていなかったからなあと、沈む夕日を眺める。

ルブランが見える距離まで歩いてきて、思わず足を止めた。 何故なら可愛らしいメイド服の女の人が出てきたからだ。
慌ててルブランへ背を向ける。 ああ、さっきまでの浮ついた自分を消してやりたいし、無かったことにしてしまいたい。 蓮ってそういう趣味があったんだ!? ま、まあ男の子だし…!?仕方ないのかな!?………えっ、彼女いるのにそんなことする…?

「(でも、あの蓮がなんの理由も無しにそんなハレンチなこと…する?)」

来た道を早足で戻りながら、さっきのメイドの人胸が大きかったなあと思い返して、イヤイヤイヤと首を振る。

「(ああでも、蓮ってどこか大人びてるし!? 私じゃ満足出来なくて…とか!?)」

ううん、ダメだ蘇芳夢乃。 見たもの全てとは言うが、本人の口から真実を聞くのが1番じゃないか。

「(うー、見ちゃいけないものを見てしまった…)」

どうにか重い足を動かして帰路に着く。 ああ、今日の晩御飯は何にしようかなあ、そういえば冷蔵庫に魚があったなあ、豆腐もあったから和食にしようか。美味しいご飯を食べて早く寝てしまおう、そうしよう。




…。



昼下がりの秀尽学園。 購買に向かうべく階段を下りながら、ふと廊下を横切った「メイちゃん」のせいで昨日のルブランでの出来事がぼーっと蘇る。 当然昨晩の夢見は良い訳がなく、主にメイドが悪者の懲悪ストーリーだったり、自分に仕えるメイドに色々な物を盗まれていたり、コロコロ変わる悪夢に魘されてもれなく寝不足である。

「…メイド」
「え、」

ぽつりと思わず出てしまった言葉に、傍らの蓮は目を丸くして声を上げた。慌てて取り繕おうと顔を上げると、蓮が私の両手を包み込むように握って足をとめる。

「もしかして昨日…ルブラン来た?」

じいと黒い瞳で見つめられて、堪らずコクコクと頷いてしまった。 後でちゃんと真実を聞こうと思っていたのに。

「まだ心の準備が出来てないから…メイドについては後で聞かせて…!」
「ダメだ。 俺も浅はかだったよ! ちゃんと夢乃に言うべきだった」
「ううん、いいの。私に魅力がないばかりに…蓮がメイドに手を出すことになって…」
「そんなことある訳ないだろ! 俺、死ぬほど夢乃のこと大好きだから。 本当にだめ、誤解されたくない」

「…ふー。…わかった、今心の準備した」

とりあえず形だけの深呼吸をする。 ああ、振られちゃうのかな、やっぱり胸が大きくて、メイドの格好してくれる彼女の方が蓮も楽しいだろうし。

「せめて一思いに言ってね…! 蓮のこと、大好きだったよ…一緒に過ごした日々は宝物…忘れません……ううう」
「………もしかして俺が別れ話すると思ってる? 本当にありえないから、それは。 おれも本当に死ぬほど大好きだから」
「…」

死ぬほど大好きなのに、メイド服の女の子を夜家に上げたの?と蓮を見つめる。 たじろぐ蓮からは、確かに「やましい事がバレた」焦りと言うよりは「生死のかかった焦燥」が感じられた。
先程とは反対に、次は蓮が深呼吸して真っ直ぐな瞳を此方に向ける。がっしりと掴まれた両肩が重たい。

「前提として、俺は夢乃と別れるつもりは毛頭ないって事は理解して欲しい」
「…まあ、うん。わかった…」
「あのメイドは訳あって副業してる川上先生だ。[メイドの家事代行サービス]に興味持った竜司と三島に勝手に呼ばれて…直前まで俺も知らなかったんだ。 川上先生も思い詰めてる様子だったから、少しだけ話を聞いて帰した」
「じゃあ…私に飽きてメイドと浮気してたんじゃないって事…?」
「当たり前だろ。 ていうかそもそも、夢乃以外のメイド姿見たって何も感じないから」

彼のまっすぐな瞳に嘘が無いことは明確だ。 ほう、と胸を撫で下ろすと、蓮も私が納得した事に気づいたのか安堵の息を漏らす。 こんな状況ではあるが、饒舌な蓮を見るのは面白くて好きだ。

「はあ…死ぬかと思った。一瞬走馬灯が見えた」
「ううん、私もとちっちゃってごめんね。 君は困ってる人を放っておけない人だもんね」
「いや…本当にごめん、次はもう無いから」
「うん」

こくりと頷いて、手を引いて歩き出そうとする彼の横顔をじいと見つめる。

「まあ、交換条件かなあ」
「えっ」

予想外の返事だったのか、蓮は出しかけていた足をピタリと止めた。 衝撃で少しズレた眼鏡を戻して、慌ててこちらをのぞき込む。

「…夢乃?」
「蓮の事情はよく分かったし、別にもう何も疑ってないけど…えっと、気持ちの共有?感情の共有?っていうの?」
「えっ」
「…私も夜、執事服の蛭田先生を家に呼んで2人きりの時間を過ごす」
「は…え、いやいや」
「大丈夫。蛭田先生に掃除してもらうだけで、やましいことは無いから」

家事代行サービスの担当が、川上先生から蛭田先生になっただけで同じ状況でしょ?と首を傾げてにこりと微笑む。 すごく悲しい気持ちになったんだぞ、あの悲しみを私だけのものにしておくのは割に合わないじゃないか。
1MORE追い打ちだ、と手銃を造って蓮の顔へ向けると彼はその手を握り込んで胸に当てた。

「夢乃にその気がなくても蛭田先生は分からないだろ」
「状況は蓮の時と一緒だもん。 蓮だって、蓮にその気がなくても川上先生は分からなかったじゃん」
「夢乃はいい加減自分の可愛さに気づいた方がいい」
「わ、私は全然…だし!蓮の方こそかっこいいでしょ!?」

自分でも言いながら可笑しな反論だと気づいたが、どうやらそれは蓮にクリーンヒットしたらしく彼は口元を片手で抑える。

「うっ…好きだ……………じゃなくて。 男の蛭田先生が本気になれば夢乃くらい簡単に押し倒せ……ごめん。本当にごめん。 もう許して、想像すらしたくない…」
「ようやく私の気持ちを思い知ったようだね」
「土下座させてくれ」
「土下座はやめてほしい」

ふふんと鼻を鳴らしてみせると、蓮は肩を掴んで両膝を床に付けた。 一体何をしているんだと思われてしまう現場だが、幸い今はランチの時間でこの廊下に人影は無い。 いや、無かったはずなのだが。 コツコツと心地の良い靴音が聞こえたと思うと、すぐ後ろに渦中の(いや、渦中では無いのか…?)蛭田先生がお弁当箱を片手に立っていた。

「キミたち、一体なんの話をしているんだい?ボクの名前が聞こえた気がしたけれど…」

相変わらずの色気ある瞳を僅かに緩ませて先生は首を傾げる。 ちなみに私の中の秀尽学園好きな先生ランキングで蛭田先生は堂々の1位だ。

「蛭田先生に夢乃は渡しません…」
「ええ…? 」
「蛭田先生に私の部屋を掃除してもらおうかなって話してたんです。執事服で」
「執事……?」
「俺がそんなことさせない」
「蛭田先生に執事服は絶対相性いいですし!」
「俺の方が似合うから」
「張本人のボクを置いて話が進んでいく…」

ああ、と悲嘆な声を漏らして頭を抱える蛭田先生にお辞儀をして、「気にしないでください」と告げると隣の彼は晴れたように顔を明るくした。

「フフ…まあいいけど…キミ達も急いだ方がいいんじゃないかい? お昼休みは有限、だからね…」

そう言って蛭田先生はまた気味の良い靴音を響かせて廊下を歩く。 去っていく先生の背中を見送ってから猫背な彼をちらりと見た。
突拍子もない冗談に決まっているのに、蛭田先生が執事服で掃除に来ないと分かり酷く安心している様子の蓮は、視線に気づくとぎゅうと私の手を握る。

「…」
「ごめん、ジョークだから…仕返しにからかおうと思って」
「…好き、大好き 夢乃」
「うん、私も…すき、だから………待って、ここ廊下だから」
「う…」

抱き締めようと肩を抱いた蓮を両手で押し返すと、子供みたいに口を尖らせた。 流石に廊下で抱擁する所を見られて「バカップル」認定されるのは避けたい。弄られるし…主に杏と竜司に。
…。




結局中庭に着いて昼食を取り始めたのは、昼休みが始まってかなり時間が経ってからであった。世間話も程々にしておにぎりを口にかきこむ。隣ではベンチに座りパンを頬張る蓮が「あっ」と声を上げた。

「執事服の蛭田先生想像してニコニコしてた罰として、今日の放課後は強制ルブランだ」
「いいよ、何も予定ないし…。 ていうかそれ、罰って言うよりご褒美じゃない?」

先日から丁度蓮の淹れた珈琲が飲みたいと思っていたし、願ったり叶ったりだ。 なんて思いながら彼を見れば、眼鏡の奥できらりと瞳が光る。
ああこの眼は…。

「ふうん。夢乃も言うようになったな」
「………わ、私が言及したのは『蓮の珈琲が飲める』からって意味だからね?」
「…ここ中庭だし、いい?」
「だめ」

抱き締めようと広げられた腕をゆっくり降ろさせる。 しゅんと頭を垂れる蓮の頭を撫でながら最後のひと口を放り込んだ。

「とりあえず竜司と由輝を絞めないと」
「俺も行く」
「じゃあ蓮が食べ終わったら行こっか」
「あと1口…ん」

大きな口を開けてパンを食べきった蓮は、ペットボトルのお茶を煽る。 何時もなら拒んでも強引に抱擁してくる蓮だが、今日はメイド事件で反省しているのかやけに従順だ。強引な彼も好きだけど、強引じゃない彼もそれはそれで可愛いなと思い、そっと軽く口付ける。

「い、今誰も居ないから…」

彼がアクションを起こす前に飛び退いて距離を取り、不自然な程に顔を背けた。だって、恥ずかしくて今蓮の顔見たくないし。

「夢乃」
「わ、わわ、わたしからの罰っ…だから! ほら、行くよ!」
「それこそご褒美だよ」

ぐぐぐ、と私の手を捕まえて自分の胸の中に招き入れようとする蓮を、全身全力で校舎の方へ引っ張る。
が、勿論全力を出し切っても蓮の力に叶うはずもなくぎゅうと強く抱きしめられてしまった。 大好きな香りが胸に充満して、思わず抵抗の手が緩む。

「はー…いとおしい…」
「蓮!昼休み終わっちゃうから…っ」
「うん、もう少しだけこうさせて」

耳の傍で優しく呟かれて、ちくしょうと心の中でボヤいた。 私がその声に弱い事を知ってわざと耳元でおねだりしているのだ、彼は。

「………あと30秒」
「えー、短い…」
「ああもう、じゃああと1分!」

例えそれが計算されていたとしても好きには抗えない。 心ばかりの延長を言い渡すと蓮は嬉しそうに「よし」と声を上げた。

そして後に、放課後にハグくらいいくらでも出来るのに、と口にした事を後悔する事はまだ気づいていない。


PREVTOPNEXT



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -